ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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樹木神社〔1〕
豊田市美術館近くの高台にある神社。写真が多いので分けて掲載。

美術館側から住宅街の隙間の坂を登る。
樹木神社1(070201豊田市)


登り切るとこんな感じ。右後ろに鳥居。
樹木神社2(070201豊田市)


樹木神社。
樹木神社3(070201豊田市)

「シンナーを吸えば未来が遠くなる」うーむ。

鳥居から境内。
樹木神社4(070201豊田市)

境内に駐車OK。しかし車どめが無いと,鳥居をくぐって駐車するオバカが居るんだろうか。

真新しい注連縄。ちゃんと藁。
樹木神社5(070201豊田市)

正月前に新調したんだと思う。清々しくて良い。

手水舎。
樹木神社6(070201豊田市)


水盤。
樹木神社7(070201豊田市)


木鼻などの彫りが綺麗だ。瓦には左三つ巴の紋。
樹木神社8(070201豊田市)


綺麗なので屋根の中も。
樹木神社9(070201豊田市)


まだ火が残っていた。一日は月並祭で人が集まっている様子。
樹木神社10(070201豊田市)


これは神楽殿,でいいのかな。
樹木神社11(070201豊田市)


細かい彫り飾りがあちこちにある。
樹木神社12(070201豊田市)


ピンボケだが屋根の四隅には唐獅子。
樹木神社13(070201豊田市)


社殿の近い側から見た屋根。表にもこちらにも左三つ巴。
樹木神社14(070201豊田市)


神楽殿?のこちらから社殿を望む。
樹木神社15(070201豊田市)


この神楽殿?がかなり良いと思った。派手すぎず飾りすぎず,手抜きが無いというか。よく手入れもされているようだし。是非建てられた年代を知りたいものだが,現時点では調べ切れていない。

由緒や社殿については次の記事にて。

・樹木神社
【住所】愛知県豊田市樹木町4-4
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樹木神社〔2〕
樹木神社の記事,2番目(最初の記事はこちら)。

狛犬,拝殿,本殿について。

狛犬さんと門。奥に拝殿~本殿(でいいと思う)。
樹木神社16(070201豊田市)


阿の狛さん。
樹木神社17(070201豊田市)


吽の狛さん。
樹木神社18(070201豊田市)

大正十五年十月奉納。
このギョロ目でバアッな顔(可愛い)の狛犬さんには見覚えがあるなあってことで思い返してみると,豊田市若宮町の若宮八幡社の子たちに似てるのだ(若宮八幡社の記事はこちら→)。

ほら。
若宮八幡社(若宮町)の狛犬

こちらは大正十一年十月奉納。
同じ石工さんか,同門の方とかだと思うんだ。

立派な門。こういうの,何門ていう?
樹木神社19(070201豊田市)

門をくぐってお賽銭入れに行く神社って,初めてな気がするなあ。
伊賀八幡宮とか六所神社(ともに岡崎市)はどうだっけ?ありそうな雰囲気(うろ覚え)。

門扉。この金属板がまた……。
樹木神社20(070201豊田市)


多分これが拝殿でいいと思う。
樹木神社21(070201豊田市)

ビニールシートは風除け?雨避け?寒いから?建物が傷むから?
賽銭箱にも左三つ巴がどーん!

三つ巴の左右って言うのは,時代によってどっち向きを左というか右というかがまちまちらしい。うちはしっぽの向いてるほうをもって左右を決めている。

奥に見えるのが本殿内部……と思う。
樹木神社22(070201豊田市)

短いけど,手前から拝殿,幣殿,本殿なのか?

外から見た社殿。
樹木神社23(070201豊田市)

修復中?冬季だけ?

本殿(多分)の屋根に逆立ち唐獅子。ピンボケ。
樹木神社24(070201豊田市)


左三つ巴。猿投神社も挙母神社も左三つ巴。神紋としてはポピュラー&家紋としては北関東に多いらしい。

[参考] 無料家紋辞典2000点「巴・ともえ」

中世の豊田市あたりに深くかかわる中条(中條)氏って,関東の出じゃんね。で,家長の代は,家紋が左三つ巴だったって「豊田の史跡と文化財(豊田市教育委員会・編)」に書いてあるじゃんね。

代によっては家紋が違ってて,普通中条(中條)氏で調べると,丸に竪一つ引が出てくる。あと一文字?「豊田の史跡~」が家長の左三つ巴の出典を「鎌倉武鑑」だっていうんだけど,そいつぁどこで読めるんですかい?

この辺りに左三つ巴が多い理由が,神社の流行なのか,やっぱり中条(中條)氏の絡みだからなのかが知りたいだけなんだけど。

もやもやしているので,境内社と由緒の話は後の記事にて。

・樹木神社
【住所】愛知県豊田市樹木町4-4

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樹木神社〔3〕
樹木神社の記事,3つめ(以前の記事はこちら→)。

境内社その他について。

社殿の横に,飾り瓦が飾ってあった。
樹木神社25(070201豊田市)

実際に,どこかの屋根にのっていたものだろう。

せっかくなのでアップで。こっちの唐獅子は阿。
樹木神社26(070201豊田市)


こちらは吽。花は何だろう。牡丹?
樹木神社27(070201豊田市)

ここもそうだが,唐獅子や動物はよく破損している。花はそうでもない。花弁や葉の先も,獅子の耳や足先並みには危ういと思うのだが。

その奥(本殿すぐ横)の境内社群。6社。
樹木神社28(070201豊田市)

左から順に,「山ノ神社」「熱田社」「秋葉神社」「八幡社」「大神宮」「稲荷社」。さすがに熱田さんとお伊勢さんはデカイ。

役行者霊蹟巡拝という,愛知県内の役行者縁の地を紹介しておられるサイト様があるのだが(素晴らしい),拝見していたら,樹木神社の境内にも,頭部が破損した行者の像があったとのこと。

[参照] 豊田市 樹木神社

写真を凝視するに,どうも今とは様子が違う。山の神社さんが石造りで外にあって,その横に役の行者の像。瓦類はコンクリートに固定されておらず,塀際に並べてある。撮影時期は記されていない。

現在,覆い屋内に並んでいる境内社の中に,「山ノ神社」と記されているものがある。現在はそのような形でお祀りされている?役行者は破損しちゃったからどこかへ?それとも,社殿と社務所を繋いだ渡り廊下の向こう側にでもいらしたのだろうか。そっちは覗き込んでこなかったからな。

こちらは門より外。道沿いにある「稲荷大明神」。
樹木神社29(070201豊田市)


社殿はない。
樹木神社30(070201豊田市)


小さな水盤もちゃんとあった。
樹木神社31(070201豊田市)

そういえば,社殿横にも「稲荷社」ってあるのにね。

同じ並びの「故西澤眞蔵之碑」。
樹木神社32(070201豊田市)

枝下(しだれ)用水の建設に尽力された人物である。何やら学習教材用にアニメ(笑)が公開されているのだが,またまた愛知県はリンクにいちいち連絡よこせなどと書いてあるのでGoogleで遠隔リンク

これも通り沿いにあったもう一つの鳥居。
樹木神社33(070201豊田市)

竹垣で通れないが(前は通れたような気も……?)。

門の手前にあった看板。
樹木神社34(070201豊田市)

最低限,これらの日なら人が居ますよという意味だろうな。

社殿側から鳥居方面。広い境内だ。
樹木神社35(070201豊田市)


日が高くなってきた。境内側から鳥居。
樹木神社36(070201豊田市)

笠木の上にデコボコあるのは誰かが投げ上げた石。いいことあったかな?

写真はこんなもん。由緒とご祭神がまだだが,次の記事で書けるだろうか?由緒書きの文章を写すくらいならすぐだけど。うーん。

・樹木神社
【住所】愛知県豊田市樹木町4-4

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樹木神社〔4〕
樹木神社の記事,4つめ(以前の記事はこちら→)。

由緒,ご祭神について。但しほぼ引用のみ。

樹木神社の沿革。
樹木神社37(070201豊田市)

以下に内容を写しておく(適宜改行した)。
樹木神社の沿革

 文治年中(一一八五-八九)南町の八幡社は、高橋荘の地頭高橋判官長綱が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請し、「字元八幡」(挙母町二丁目)に創建したという。これを「那茶外八幡」と称する。

天正年中(一五七三-九一)東町の白山社は、「字白山」(挙母町附近)に創建されたと伝える。

明和二年(一七六五)八幡社は、南町の集落移動により、「字元八幡」から「字八幡」(樹木町二丁目、社地三六二坪)へ易地し、誉田別命、大鞆和気命を祀り、旧暦の八月一四日を祭日とする。

安永七年(一七七八)白山社は、東町の集落移動により、「字白山」から「字切戸」(朝日ヶ丘四丁目、社地九四二坪)へ遷宮し、白山姫命、伊諾那岐命、伊諾那實命、菊理姫命を祀り、旧暦の八月一〇日を祭日と定める。

天明元年(一七八一)本町の牛頭天王社は、その集落移動により、「字道場山」の童子山から「字天王」(樹木町四丁目、社地一,六一三坪)の天王山へ易地し、健速須佐之男命、天照大御神、稲田姫命を祀り、旧暦の六月一五日を祭日とする。

嘉永五年(一八五二)廃社となっていた牛頭天王社の末社稲荷社を再興し、再びこれを祭祀したという。

明治元年(一八六八)本町の牛頭天王社は、津島社と改称する。

明治二年末社稲荷社は、「字毘森」から「字天王」の津島社の社地へ易地し、宇迦之御霊命、宇気母智神を祭祀するという。

 明治四年「郷社定則」の公布、施行により、これらの各氏神は無格社となる。

大正四年(一九一五)一一月南町の八幡社と東町の白山社を本町の津島社とその末社稲荷社が鎮座する天王山の社地へ遷宮し、この四社を合祀して樹木神社と号する。

 大正五年社務所を新築する。

大正一五年一〇月本殿覆殿を造営する。

昭和一五年(一九四〇)九月内拝殿を新設する。

昭和二二年四月、神社制度の改正により、新神社等級一三級社となる。

昭和二四年八月宗教法人令による法人格を取得する。これにより、その境内地の所有権を取得し、大蔵省からの譲与を原因とする所有権の移転登記をする。

昭和三一年二月新宗教法人法にもとづく法人格を取得し、その社地を旧法人から新法人へ承継することを原因とする所有権の移転登記を行う。

昭和四七年五月拝殿を竣成する。

昭和五六年四月神社等級制にもとづいて一三級社から一一級社へと昇格する。

昭和六ニ年四月本殿修理、水屋建設、境内植樹、石積整備などの諸工事を施工し、その竣工式を行う。

4つの神社が合祀・遷宮され,樹木神社として出来上がったのは,大正4年ということだ。上の沿革を神社別にまとめなおすと,

1.八幡社(那茶外八幡)
 【創建】文治年中
 【由緒】高橋荘の地頭高橋判官長綱が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請
 【鎮座地】字元八幡→字八幡
 【祭神】誉田別命、大鞆和気命(字八幡へ易地した時点)
 【祭日】旧暦八月一四日(字八幡へ易地した時点)

2.白山社
 【創建】天正年中
 【由緒】?
 【鎮座地】字白山→字切戸
 【祭神】白山姫命、伊諾那岐命、伊諾那實命、菊理姫命
    (字切戸へ易地した時点)
 【祭日】旧暦八月一〇日(字切戸へ易地した時点)

3.津島社(牛頭天王社)
 【創建】?
 【由緒】?
 【鎮座地】童子山→字天王の天王山
 【祭神】健速須佐之男命、天照大御神、稲田姫命
    (字天王へ易地した時点)
 【祭日】旧暦六月一五日(字天王へ易地した時点)

4.稲荷社(牛頭天王社末社)
 【創建】?(嘉永五年に再興)
 【由緒】?
 【鎮座地】字毘森→字天王の牛頭天王社境内
 【祭神】宇迦之御霊命、宇気母智神(字天王へ易地した時点)
 【祭日】?

疑問点:
 2の白山社の祭神に,白山姫命、菊理姫命が出てくる。同一神とされることが多いと思うが,ここでは完全に別の神扱いなのか。

「豊田市史10」では,樹木神社の祭神は,誉田別命,白山姫命,健速須佐之命(男が抜けてる?),宇迦之御霊命とある。4社の筆頭を挙げただけ?それとも合祀時に本当にこの四柱のみになった?

「西加茂郡誌」には樹木神社の名前が見当たらない。大正末期の出版だから載ってるかと思ったのだが。かといって,合祀前の個別の神社も無いような……。(当時)新しすぎて漏れた?

「豊田の史跡と文化財」には,上の沿革と似たことが書いてあるが,目新しい情報としては,

・高橋判官長綱は相良氏族
・那茶外は“なちゃげ”と読む
・引用「そして今も鎌倉を模して社前より若宮大路(矢作道=アブラガイ道)を南下させ川港の下江湊をへて矢作宿へいたる大道跡を見ることができる。」
・八幡社の移転は水害を避けるため。
・津島神社の移転は七州城縄張りの折。

中条(中條)氏,出てこない(笑)。まあいいや。関係ないのかもしれないし。アブラガイ道ってどこ通ってるんだろうとか,また知らないこと満載。調べなきゃ。

ちなみに沿革の石碑の裏。
樹木神社38(070201豊田市)

沿革の最後にあった,昭和六十二年の大改装について書いてある。そういえば,あの綺麗な神楽殿(?)は結局いつのなんだろう。牛頭天王社時代からのものなのか,樹木神社になってからのものなのか?

上の想定2つ,下手すると100年以上開きがあるのに,判らないって悲しいなあ。もう一つ綺麗だった手水舎は,どうも昭和六十二年の建設みたいだけどね。

・樹木神社
【住所】愛知県豊田市樹木町4-4

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