ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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勝手神社〔1〕
豊田市の,金谷町のほうの勝手神社(同名のところが下林町にもある)。写真が多いので,まず前編。

うわあ。鳥居が二つ。
勝手神社1(061125豊田市)


「村社 勝手神社」
勝手神社2(061125豊田市)

「御即位紀念」「大正四年十一月建之」だそうだ。

鳥居から境内。建造物は,どれもこれもフェンスが厳重。
勝手神社3(061125豊田市)

子どもらがボール蹴って遊んでた。うんまあ,ガードがあったほうがお互い安心だよね。

手水舎。赤い。
勝手神社4(061125豊田市)


神楽殿だか舞殿だか。
勝手神社5(061125豊田市)


屋根の下の網は鳥避け?意匠が見えんがな。
勝手神社6(061125豊田市)


屋根。年季が入って見えるけど,いつの建造かね?
勝手神社7(061125豊田市)


仕方ないので垂木だけでも撮影。
勝手神社8(061125豊田市)


中覗いてみた。天井。
勝手神社9(061125豊田市)

今上帝のことを“平成天皇”と書くのは神社ではデフォなんか?後の世に読む人のことを考えてるったって,ちょっとさあと思うのだが。
※岡崎の秋葉神社でもそう書いてあった。

阿の狛さん。
勝手神社10(061125豊田市)


吽の狛さん。
勝手神社11(061125豊田市)

昭和九年十月奉納。「石工 コロモ田中」とある。

拝殿。
勝手神社12(061125豊田市)


本殿。雨漏りでもしたかな。
勝手神社13(061125豊田市)


ちゃんと靴を脱いであがる子どもら。
勝手神社14(061125豊田市)

こういう神社との触れ合いって羨ましいなあと思った。

由緒,境内社,その他については次の記事にて。

・勝手神社
【住所】愛知県豊田市金谷町
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勝手神社〔2〕
豊田市金谷町の勝手神社。後編。
前半の記事はこちら

社殿の飾りとか境内社とかについて。

狛犬さんと拝殿。
勝手神社15(061125豊田市)

神楽殿?があるので正面からは撮りにくいのだ。

反対側のナナメから社殿。
勝手神社16(061125豊田市)

屋根瓦の端やら,あちこちに飾りがある。

向かって右の(多分)唐獅子。頭部破損。
勝手神社17(061125豊田市)


反対側。向かって左の逆立ち唐獅子。
勝手神社18(061125豊田市)


垣というか塀というか,の上の兎……?
勝手神社19(061125豊田市)

尻側から見たとき,猿かと思った。多分,耳の取れちゃったウサギ。違うかなあ。

拝殿の屋根下。向かって右の獅子鼻と獏鼻。ピンボケ。
勝手神社20(061125豊田市)


同じ部分。角度かえてみたけど,やっぱりボケボケ。
勝手神社21(061125豊田市)


拝殿の屋根下。向かって左の獅子鼻と獏鼻。
勝手神社22(061125豊田市)


拝殿の屋根下。中央の竜。
勝手神社23(061125豊田市)

さて,とりあえず大物は終わり。続いて境内社のほうなど。

もう一つの鳥居から覆い屋まで。
勝手神社24(061125豊田市)


覆い屋。中に四社あるから覆い屋。
勝手神社25(061125豊田市)


恐れ多くも覗いてみた。左側。
勝手神社26(061125豊田市)


同じく右側。
勝手神社27(061125豊田市)

左から順に「津島神社」「[判読不可]平大権現」「天照皇大神宮」「秋葉大権現」。左から二番目が気になる~。挙って字に見えなくも無いんだけどー。

覆い屋の屋根も綺麗。向かって右。
勝手神社28(061125豊田市)


同じく左(社殿側)。
勝手神社29(061125豊田市)


境内にいらした二宮金次郎さん。
勝手神社30(061125豊田市)

たまにあるよね,二宮さんのいる神社。なんでだろう?小学校ではもう流行らんらしいから,場所移されたとかかなあ。

「豊田市史10」によれば,ご祭神は“天受鬘命”。創建は“文永五年”とあるから1268年。古いな結構。由緒としては“衣城主熊谷重長社殿寄進”とだけある。

「西加茂郡誌」だと創建は“不明”になっとる。ほほう。挙母町の沿革のところを見ると“天正十八年田中兵部少輔吉政岡崎城代となつて西尾及び挙母城を管してゐた。ついで熊谷大膳亮重長挙母に封ぜられ,居ること三年(以下略)”とあるから,熊谷重長は戦国時代も末期の頃の人らしい。

わかったのはそんなとこ。あと,境内に金谷城址の碑があったらしいが気づかんかった。多分金次郎さんの後ろあたりだな。親子連れが居たので近づかなかったのだ。怪しい余所者だからね。

・勝手神社
【住所】愛知県豊田市金谷町

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