ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
2006年05月<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>2006年06月
トップページサイトマップ全記事一覧表神社リスト入手地域の話題☆西風隆介先生
豊田市の神社安城市の神社刈谷市の神社岡崎市の神社蒲郡市の神社愛知県外の神社
おしらせ

■ 学校の宿題ごときでも,パクリはダメですヨ。
■ 引用・言及するときは,出典を明記 and/or リンクを張りましょう。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
八幡宮〔1〕
豊田市西田町の八幡宮。東名高速道路・上郷サービスエリアのすぐ西に鎮座。

地図を頼りに歩いていくと,赤い鳥居が見えた。
八幡宮1(070318豊田市)


真正面に伸びる参道というものは無いらしかった。
八幡宮2(070318豊田市)

痕跡もなかったような。正面は,田畑と民家。

「村社 八幡宮」
八幡宮3(070318豊田市)

「大正二年十月■■日建之」 木の葉で一部読めず。

鳥居。ピカピカ。
八幡宮4(070318豊田市)


額に「八幡宮」。もうちょっと大きい字のほうが好みだな。
八幡宮5(070318豊田市)

「平成十七年十月吉日 氏子中」 こりゃ新しいわ。1年チョイ。

鳥居の手前に何かあるなあと思ったら,先代鳥居の土台。
八幡宮6(070318豊田市)

多分。土台じゃなくて台輪というのが正しいのかな。現行と同じくらいの大きさの,石の鳥居があったようだ。

手水舎。
八幡宮7(070318豊田市)


狛犬さんと拝殿。
八幡宮8(070318豊田市)


阿の狛さん。
八幡宮9(070318豊田市)


吽の狛さん。
八幡宮10(070318豊田市)

「紀元二千六百年記念」ということは昭和15年製か。

拝殿。いつ建ったのかなあ。
八幡宮11(070318豊田市)


拝殿の額。「八幡宮」
八幡宮12(070318豊田市)

「愛知県知事 桑原幹根」とある。6期も務められた方らしいので,奉納の年代が特定できない。まあ戦後ではあるけど。

拝殿の。手前に張り出してるところの屋根のてっぺん。
八幡宮13(070318豊田市)

ひどい言い方だが,この拝殿が何造りなのかとか,部位の名称とかが自分のはわからんのだ。とにかく,三つ巴の紋があった。

本殿。
八幡宮14(070318豊田市)

千木は外削ぎ。鰹木は四本。

由緒や境内社などについては,次の記事にて。

・八幡宮
【住所】愛知県豊田市西田町長根山6
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・高岡地区】
スポンサーサイト

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

八幡宮〔2〕
豊田市西田町の八幡宮の記事,2つめ(前の記事はこちら)。

由緒,境内社などについて。

拝殿前から鳥居方面を眺める。
八幡宮15(070318豊田市)

参道がね,という話を前の記事で書いたが,境内地が東名高速道路の建設で移転しているそうな。そりゃ痕跡も無いわ。今時の移転で,鳥居までまっすぐ伸びる道まで確保してはもらえんだろうしなあ。

社務所かと思っていたら,地図には「西田児童館」とある。
八幡宮16(070318豊田市)


しかし社殿まで繋がってもいるので,兼ねてるのかも。
八幡宮17(070318豊田市)


境内社らしい。
八幡宮18(070318豊田市)


手前が拝殿,奥が本殿とも見えるけど。
八幡宮19(070318豊田市)

後述するが,境内社は複数とあるので,これが覆い屋で,中に小さな社殿が並んでいる形かもしれない。

「御造営記念碑」
八幡宮20(070318豊田市)

内容は以下。適宜改行した。
御造営記念碑

由緒
祭神 譽田別尊
寛文四年八月十五日創立

 明治五年十月御規則に依り村社に確定
 昭和二十一年七月宗教法人として成立

元来北に猿投山を東に村積山(三河富士)を仰ぎ矢作川あり南に三河の海を望み西に逢妻川あり其の中間の原野林寿恵野ヶ原なる一部の丘陵通称長根山と言ふ小き所に位せり

寛文以前は鴛鴨村に属したるものの如し時勢に伴い西田新郷として一部落となる

明治に及び徳川紀州公の長根山開墾に伴いその南西外廊接地として今日に至る

昭和四十年旧境内地が東名速道路用地となり移転の止むなきに至り旧境内の西方一〇〇米の此の地を神鎮めの地と選び茲に氏子一同真心を以つて総工費四千万円余にて御神殿をはじめ社務所及び鳥居其の他建築物の総べて建造して御造営を完了し崇敬の[※以下,写真がショボくて判読不可]

 明治百年記念

朝行ったので,記念碑の表面にもろに朝陽がさしてて撮影失敗。年表的な項目は総て見えるので,とりあえずは問題なしと考えようと思う。

寛文四年は1664年。明治百年は昭和43年で1968年。百年記念という意識が出るあたり,明治はでかい時代だったんだね。

もう一つ説明看板があった。
八幡宮21(070318豊田市)

内容は以下。
西田の歴史

 慶安(1648~1651)の頃、鴛鴨村の中尾氏がこの地を開墾しました。
鴛鴨村の西に当るので西田といいます。
中尾氏に次いで、畔柳・佐藤・近藤・小杉・中野・戸田・成瀬・山田・稲垣等の諸氏が四方より移り住みました。
明治二十二年の町村制実施により大林と合併、その後に竹村と合併し、明治三十九年五月より碧海郡高岡村、昭和四十年九月より豊田市西田町となり現在に至っています。

八幡宮

【祭神】誉田別尊(ほんだわけのみこと)
【創建】寛文四年(1664年)八月十五日
【由緒】不詳

 境内には、皇大神宮、御鍬社、秋葉社、市杵島姫社、山神社が祀られています。
毎年十月十二日が祭礼日です。

          平成十六年二月七日 建之

境内社は5社。さっきの建物の中に納まってるのかなあ。「高岡町誌」には以下のように書いてある。

皇大神宮/祭神 大日孁貴神/由緒 不詳,従前末社と称す。
御鍬社/祭神 保食神/由緒 不詳 従前末社と称す。
秋葉社/祭神 軻具土命/由緒 不詳,従前末社と称す。
市杵島姫社/祭神 市杵島姫命/
   従前当村大風に鎮座の処,御達しにより,
   明治10(1877)年10月当神社境内へ移転。
山神社/祭神 大山祇命/
   従前当村字長根山に鎮座の処,お達しによって,
   明治10(1877)年10月当神社境内へ移転。


大風のイチキシマヒメさんというとこちらを思い出すわけだが,他にも同様のお社があったということか?

社号標の横にあった「土地改良碑」
八幡宮22(070318豊田市)

子どもの頃,この類の石碑が異様に怖くて。供養塔とか墓と書いてあるわけでもないのに,なんでだったんだろう。開拓や治水の苦労話を図書室で読んでたので(岸武雄の千本松原とかな),人の死が必ず伴うものだ,だから怖いと思っていたのかもしれない。

・八幡宮
【住所】愛知県豊田市西田町長根山6
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・高岡地区】

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。