……いや,そういう伝説があるらしいという話。野見宿禰と当麻蹶速の試合も豊田で行われてて,負けた蹶速は大和へ逃げ帰った。垂仁天皇は譲位して余生を豊田市で過ごしたとか(「衣の里」名倉宗義 著/昭和四十九年より)。
ビックリだぜ。場所もそうだけど,蹶速が死んでないとか。垂仁天皇が譲位してるとか。
あれ?ケハヤは腰の骨を踏み折られたってだけで死んだとは書いてないっけ?えーと,日本書紀の第六巻……。
二人相対立。各挙足相蹶。則蹶折当麻蹶速之脇骨。亦蹈折其腰而殺之。故奪当麻蹶速之地。悉賜野見宿禰。是以其邑有腰折田之縁也。野見宿禰乃留仕焉。
やっぱ殺されてるよね,一般的には。
ちなみに,最古の譲位と言われてるのは皇極天皇→孝徳天皇。姉から弟への譲位である。垂仁天皇は第11代,皇極天皇は第35代。
記紀を鵜呑みにするわけじゃないし(勿論,この伝説も),史実性のアレな天皇と明らかに実在した天皇を軽々しく比較してもしょうがないのかもしれんけど。
そういえば,大友皇子の墓は岡崎市にあるって話もあったな。うーむ。地方に伝わる貴人の伝説は面白い。

