ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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休眠
食事が出来ん。身体も動かないし。これで復帰直前というこの状況。産業医の先生に相談したほうがいいかな……。

マッサージとか温泉の後って,一時的にグッタリ来ることもあるからね。そういう問題だといいんだけど。

明日こそは図書館へ行かなくちゃ。天気はどうなるんだっけ,悪いほうが涼しそうだからいいな。
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マッサージされてきた
今月もゴッソリ振込み。ああゴッソリ。今日だけで15万くらい。ちょっと歩いただけ(1キロくらい?)で熱射病に近い状態になってふらつく。汗も凄かったので,ユニクロで適当な夏服を買って,すぐ着替えちゃった。

通りすがりにマッサージの店があったので思わず入る。足ツボ+クイック+ちょこっと整体のセットで5千円以下。安い。折角なので,足やってる最中に色々訊いた。

「そこ痛いのは何ですかね」
「腎臓ですねー」
「……そこは?」
「胃です」
「イテテテテテ,そこ」
「腸です,ここは」
「そこも痛いです」
「肝臓」

内臓全部悪いんじゃんヽ(`Д´)ノ

普通以上に運動してないのはバレバレ。右側の首の付け根と肩,腰まで歪んでると言われた。これはどこ行っても言われる。整体でゴキッてやってもらった途端に背中が軽くなって驚いた。鉄板のようだったのにのう。ゴキッの瞬間は怖いけど,また行こうかな。

夢枕獏の陰陽師,新刊が出てたんで買ってきた。久々だ。夜光杯ノ巻だって。岡野玲子の漫画は途中から彼方へ飛んでっちゃったけど,原作は同じ雰囲気とテンションで長く続くといいな。

図書館は明日にした。貸し出し~返却のサイクルを土日に合わせておかないといけないことを思い出したからだ。復帰したら,平日は動けないもんね。

体調。あとは食事さえ出来るようになれば。刺激の少ないものをちょっとずつじゃないと,すぐに気分が悪くなってしまう。口はカツ丼を食べたがっているのに,胃袋は何も要らんと言う。そんな感じ。

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寝すぎ
一日寝てしまった。苦しいと眠れないから,ちゃんと眠れるのはいいことだけど。お蔭でスッキリな感じ。もう大丈夫かなあ。

明日は月末なので,色々振込みとか。ついでに図書館と買い物……に行ければいいなあと思っている。体調確認とリハビリ兼ねて。通勤カバンも新調したい。多少はイイジャンね,自分にご褒美。お金使ってハッパかけないと動けないというのもあるんだけど。

クルマの掃除!は土日でいいかな。雨っぽいけど。あと,何が要るんだっけなあ。半年も休んじゃうとボケボケだなあ。

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ごーん
熱は今日になって多分完全平熱に。どこ触っても熱くない!あと,眼球を動かすと頭痛がするというジゴクも脱出。何だか息苦しかったのは栄養不足だったらしく,少しずつ食べるようにしたら治って来た。

まだ蕁麻疹が凄い。汗をかいても,痒いところを掻いても,シートベルトで圧迫されても出る蕁麻疹。多分,アレルギー性じゃないやつ。数年前から,弱ると出るようになった。

7月付けで異動&転勤が決まった。一人でイッテコーイじゃなくて,各部署から関連のグループを集めて組みなおした感じ。転勤も,今まで行ってたところよりちょっと遠くなるだけだし。でも,何か仰々しい名前の部署だ(書けないけど)。名乗るのが恥ずかしい系の。

微妙に混乱中。何かしなきゃじゃなくて,状況を受け入れればいいだけなんだけど。ちょっとタイム!って言って全世界が5秒くらい待っていてくれたら,何とか追いつける気がする。

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寝てます
暇です。毎日何やってんだかって感じ。

起きると,呆っとネットやったりとか。
デイリーポータルZのバックナンバーを読んだり,Googleの画像検索で遊んだり。

画像検索でツボに入ったやつ:
[黒柴] [サモエド]

疲れてんのかなー。何か感情がおかしくなってて,やたらウケたり涙が出たりしてしまう。デイリーポータルの写真1枚で5分笑うって,どーだろ。ウケ狙いのものであってもさ。

ちなみに熱の件で医者へは行ってません。明日はいつもの診察。はあ。

テーマ:( -_-)旦~ フゥ - ジャンル:日記

ごめんなさい
ウチのようなショボブログに貴重な貴重なコメントをいただいていますのに(しかもお一人じゃない),お返事しないまま放置した格好になってしまっております。

アホ記事書くくらいなら返事も出来るやろ!とお思いかもしれませぬ。しかし,自分の記事は自己責任・自己完結も可ですが,お返事となると,お相手のあることですし,熱ボケの頭でいたしては失礼に当るかと存じます。

診察の結果が悪く,妙な告知を受けて打ちひしがれでもしない限り,近日中に必ずお返事申し上げますのでお待ちください。

熱が引いたらまともということではなく,普段どおりの馬鹿に戻るというだけのことですけども。

P.S.
今ちょっと落ち着いています。あちこち冷やしてるせいですかね。

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……で?
朝一回起きたんだけど,身体が熱いのとだるいのとで二度寝。夕方まで寝倒してから,買い物に出た。雨だー。鬱陶しいけど涼しいからいいかー。

体温計。程度がわからんのに熱っぽいとかグダグダ言ってるからストレスが溜まる。あるならあるで,ちゃんと把握しとかんかいというわけで一本。前買ったやつ,どこへやっちゃったのかなあ。体温は,夕方解熱剤飲んだ状態で7度5分。

冷却剤。冷やしてると楽になる気がしたので。ジェル状のやつをゲット。今デコと首の後ろに貼ってみてるけど,うーん。楽?な気がする。

食料。手の掛からない消化によさそうな,つまりはプリンとかレトルトのおかゆとか。

オレンジジュースとスポーツドリンク。ビタミンとミネラル補充用。

本も買いに行ってみたけど,欲しいのなかった。疲れた。

セブンイレブンの店内以外の電気が全部消えてた。地球温暖化云々のキャンペーンだと思うけど,看板はともかく,だだっ広い駐車場の明かりも全部無しだもの。怖いぞね。

結局,熱下がってないんで明日は医者へ行くですよ。暇つぶしの本を買えなかったので,何か考えて持っていかなきゃならん。

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アカン
泣きが入ってきた。もう頻脈なのがね,頻脈。寝てじっとしてて1分間に100回。ちょっと動くと120。寿命を削られてる気がする。人間,不安だと脈拍数が増えるけど,逆もあるさー。頻脈だと不安になる。

食欲も無い。1日1食くらいは食べてるけど。あとはお茶とスポーツドリンクで生きてる。月曜の朝イチで医者かなあ。風呂に入りたいけど加減がわからない。

何年か前にも熱が下がらないことがあって,そんときは消化管の一部に菌が入って炎症起こしてた。4~5日,通いで抗生物質の点滴されて,飲み薬飲んで,症状は治まったけど抗生物質の後遺症が何ヶ月も長引いて苦しかった。要る菌まで殺しちゃうわけだし……。

大事な出張が控えていたので,休むには診断書が要った(それくらい無いと周囲に対して心苦しかった)。出張していいですかネってお医者に尋ねたら,とんでもない,入院するかコラと脅された。既に発症から3日ほど過ぎてて,前の日には他県へ強行軍で出張した後だったんだけどな。

あの時の点滴のお蔭で,注射怖いが治った気がする。何時間も刺されっぱなしに比べたら,一瞬のチクくらいねえ。でも,採血は未だに好きじゃないな。

ああ医者。めんどくさい。水曜までには,いつもの病院へも行かなきゃならんのに。楽になるなら御の字だけど,治るのかな。変な病気じゃないといいなあ。

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熱……
熱,下がってないような気がする。あちこち痛むのだけは,昨日の夜のうちになくなったけど。

色んな病気が熱で発覚することって多いからさー。アレじゃないかコレじゃないかと想像しちゃって精神衛生に悪い。もう一つ病気持つことになったら耐えられるのかとか。ものによっちゃ無理だよな。

それにしてもかなわん。早く治らないかなあ。

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ぼける
T様の株主総会が今日だったそうな。5月末に総会が,みたいな記事を書いた気がするが,何を勘違いしたのだろう。T様が今日なら下請けは来週あたりじゃろうなあ。じゃあホームページに載ってた副社長人事はなんだったんだろうなあ(予告?)。

熱は継続中。だるすぎる。解熱剤もたまに飲んでいるが,胃に来るので,それはそれでツラい。

横になっててもだるさは変わらないので,いやーな感じ。細々としか食べていないものの,そろそろ食材が切れるので,明日あたりは買い物に行かねばならんのだが……。

明日は暑いらしいねえ。週末は雨っちゅ予報はどこ行ったんかねえ。そもそも梅雨入りしてなかったって話もあるしねえ。

予報が外れて涼しくなるか,熱が下がるかのどっちかになってほしい。熱が3日も続けば病院レベルなのかもしれんけど,土日だしさ。週末はおとなしく様子を見るですよ。

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熱?
体温計をどっかへやっちまって測れないのだが,発熱しているようである。気分悪い。身体のあちこちが断続的にズキンとする。首の後ろとか凄く熱い。眠れない。

昨日の夕方あたりから汗をかかないなあと思っていたら。

……ここまで書いたところで胃袋がひっくり返った(以後キタナイ話なので読み続けるかどうか選択してください)。











昨日の夕方食べたものが,ほとんど形を保って胃袋に貯留していた。ありえん。7時間くらい経っとるのに。緊張とかすると,胃袋以下が消化活動を停止する体質ではあるけども。

ああでも,おなかが軽くなった分,ちょっと楽になった気がする。眠れるかなあ。眠れるといいなあ。

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八幡社
豊田市畝部東町の八幡社。

ぱかーんと開けたところにある。
八幡社1(070328豊田市)

ここまで社叢も遮る建物も無いと清々しい。

境内はこんな感じ。社号標に「八幡社」
八幡社2(070328豊田市)

「碧海郡上郷村大字上中島……」 「境内反別……」などと脇に彫ってあった。昭和36年3月までは,上郷村だったのだよな。その後上郷町になって,昭和39年に豊田市に編入したそうだ。

鳥居。稲藁の毛羽毛羽した注連縄。
八幡社3(070328豊田市)


鳥居に脇にあった由緒碑。
八幡社4(070328豊田市)

内容は以下。
由緒

 八幡社祭神譽田別尊 應神天皇

当社は平安時代長元九年中島の先祖此の地に移住し水防みよどめに困難せし時八幡社を奉斎し氏神と敬ふ爾来度々社殿を改築し崇敬の誠を捧ぐ神域は樹令三百年を越える老松欝蒼として晝尚暗く閑静幽寂神々しき限りであつたが東名高速自動車道路並に矢作川改修工事の爲め移転の止むなきに至り昭和四十一年社殿を造営現在地に遷座奉祀す

ううむ。ここも移転しとる。

水盤。
八幡社5(070328豊田市)


狛犬さんと拝殿。
八幡社6(070328豊田市)


阿の狛さん。
八幡社7(070328豊田市)


吽の狛さん。
八幡社8(070328豊田市)

昭和四十一年十一月奉納。

拝殿。額が何か丸い。
八幡社9(070328豊田市)


中を覗いてみた。
八幡社10(070328豊田市)

カギが無いのはこれでいいのか。

本殿。あああ,鰹木が……。
八幡社11(070328豊田市)

千木は外削ぎ,鰹木は5本。

拝殿から本殿。間のは幣殿とかいう?
八幡社12(070328豊田市)


赤い屋根の境内社?
八幡社13(070328豊田市)

庭園みたいになってる。

それにしても空が青い。
八幡社14(070328豊田市)


境内社?の社殿?
八幡社15(070328豊田市)

「上郷風土記」以下抜粋,要約。
・ある史記に“承久の変に依って源氏全く衰亡の止むなきに至り、成田氏一族此の地に来って土着し(中略)市杵島姫命を奉祀しこれが現在の八幡社の創記なり”とある。
・別の説として“華頂山竹林院の鎮守として寺の北方に誉田別尊を祭った”
・いずれにせよ,鎌倉時代の上期に神祠があったのは事実じゃないか。
・宝暦七年(1757年)五月三日の中島堤切れ,嘉永三年(1850年)の中島字茅場堤の決壊など,水害のたびに漂流,傾倒の被害を受けた。

イチキシマヒメが氏神なのは平家なんじゃないのとか思ったが,結局ここにあるのは源氏の氏神=八幡様であるわけで,……よく判らん。

「上郷町誌」
八幡社 15級社/鎮座地:上郷町大字上中島字石蔵1番地/祭神:誉田別尊(蒼稲魂神,市杵島姫命)二神は明治42年6月1合祀/宗教法人令の設立年月日:昭和22年10月18日/例祭日:毎年7月28日/由緒:創立不詳/社殿:本殿流れ造りで1坪,拝殿5坪/境内地:126坪。この中に1社があって,大神宮,天照大神,秋葉社,軻具土神,水神社,水波能売命が合祀.

明治の末になって,ウカノミタマとイチキシマヒメが合祀。境内社には大神宮,秋葉社,水神社が合祀,ということである。「上郷町誌」は出たのが昭和41年3月である。だから移転前の記述なんじゃないかと思うね。昭和14年に出た「碧海郡神社写真帖」には,壁の無いスカスカタイプの拝殿と,小さな本殿の下部の写った写真が載っている(こちらでは例祭日は十月八日になっている)。

境内の端にあった秋葉山常夜燈。
八幡社16(070328豊田市)

年代は読めなかった。常夜燈には,錆びたはしご段がくっついていることが結構多く(石造りのもある),その形状を見るのも楽しい。

・八幡社
【住所】愛知県豊田市畝部東町石蔵1
【地図】いつもガイド
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げっそり?
寝つき悪い。胃の痛み,吐き気あり。体重は微妙に下降気味。職場復帰への不安かいな。だとしたら大笑いだが。

ちょっと不安定であることは確かだ。色々手につかないし。せっかく本も買ったのに。「神々と肉食の古代史」,途中までしか読んでない。

ところで,雨降らんね。雨降ると思って,何の計画も持たずに居るんだけど。電車の時刻くらい確認しておこうかな。蒲郡へ行きたいのだ。あと,神社とは関係ないけど東山動植物園。不安定なままじゃ,動けないんだけどね。治ったらね。

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役行者像
豊田市加納町の役行者像。言い切ったが,ほんとにそうか?という不安も若干。

通りすがりに見つけたのだ。
役行者1(070408豊田市)

右手に錫杖(を持ってるような手つき),左手に巻物,坐像で脛は剥き出し,一本歯の高下駄,間違いないとは思うが。

[参照] 他の役行者像(Google画像検索)

付近にあった石の階段。
役行者2(070408豊田市)

何だかここ私有地っぽいし,足元危なそうだしで登れず(スミマセン,写真は撮っちゃいました)。

「豊田市の石像文化財」によると,旧豊田市内で,役行者像は67件確認できたそうな。他の地域と比べて,多いのか少ないのか?

また見つけたら記事にしようと思う。

・役行者像
【住所】愛知県豊田市加納町西大坪付近
【地図】いつもガイド

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庚申社
豊田市渡刈町の庚申社。珍しいモノかと思ったら,そうでもないらしい。Googleでちょっと検索しただけでも結構ひっかかる。

"庚申社"の検索結果
"庚申神社"の検索結果

豊田市の,この庚申社については出てこないわけだけど。

行ってみると,こんなふうに様々並んでいる。
庚申社1(070515豊田市)

庚申社自体のお社は右奥なんだが,まあ左から順に。

青面金剛様。
庚申社2(070515豊田市)


アップで。
庚申社3(070515豊田市)


このように憤怒形で手がいっぱいあって,
庚申社4(070515豊田市)


三猿が居たら,まず青面金剛(庚申様)。
庚申社5(070515豊田市)

庚申の日は,眠ると身体から三尸の虫が出て,天帝に日ごろの悪事を報告に行くそうな。なので寝ないでドンチャン騒ぎをする。60日に1回徹夜だぜ。たまらんよな。

先日,他所様のブログで“如意輪観音+三猿”という組み合わせを見た。三猿さえ居れば庚申様という,自分の中の安易な図式は,ここで壊れた。如意輪様は立て膝に柔和なお顔に頬杖だから,いくら自分がボケでもチガウと気付けるとは思うけど……。判断基準が変わる瞬間というのはスリリングである。

庚申様に三猿がくっついているのは,三尸の虫の告げ口に対抗して,見ナイデ聞カナイデ言ワナイデ!ってことなんだろうな。きっと。昔は庚申講(庚申の夜のドンチャン騒ぎ)が盛んだったようだけど,本気で怖がっていたのか騒ぎたいほうが大きかったのか(平安時代頃は本気が大きそうだが,江戸ともなるとどうなんだろう)。

青面金剛様の向かって右には庚申塔がズラっと。
庚申社6(070515豊田市)

最初からずらっとあったわけでは絶対にない。あちこちの道端などにあったのが,再開発で置いとけなくなって集められたんでしょう。見た瞬間,たくさんあって嬉しいと思うのと同時に,ヤラレタ感が駆け巡った。元々どこにあったのか,それが知りたいのに。

全部で6基あった。左から順に,1
庚申社7(070515豊田市)



庚申社8(070515豊田市)



庚申社9(070515豊田市)



庚申社10(070515豊田市)



庚申社11(070515豊田市)



庚申社12(070515豊田市)

「豊田市の石像文化財」を見ると,江戸時代のやつがあるようだ。こんなふうに書いてある。

所在地:渡刈町富士塚/所在特記:庚申社前/調査物名:庚申塔/像容・形態:自然石/記録年( )内は推定:(江戸~明治)/寸法:119*476

同じく,記録年が(江戸)で,寸法が120*60というのも並んでいる。どうも寸法というのはセンチメートル表示らしい(どこにも凡例が無いのだ)。すると119*476の476は5メートル近くなるわけで,明らかに間違い。ヒトケタ間違えたと思われる。どちらにしろ,高さは119と120で子どもの身長くらいというと,上の写真の5番と6番がそれくらいあったかなあという記憶。

ついでに同じ本に,青面金剛童子として,上にあるのとまったく同じに見える写真が載っているのだが,所在地が“渡刈町申町”で“寿恵野小学校東”“申町と鴛鴨町半内の境”になっている。地図を見てもアザが入り組んでいてよく判らんが,庚申塔には“庚申社前”と注釈をつけて青面金剛には無いわけだから,こちらも近年移動された可能性が高い(この本は2002年製)。

これが多分庚申社。
庚申社13(070515豊田市)


屋根など見上げてみる。うんうん(何がだ)。
庚申社14(070515豊田市)


中にあるのが庚申様のお社でしょう。
庚申社15(070515豊田市)

ピンボケたけど。お祀りされている神様が,コウシン様と呼ばれているのか,よくある通りサルタヒコ様なのかはわからない。

手洗い場。
庚申社16(070515豊田市)

何故か丸い。写真の右奥に見えるとおり,背後は墓地。お社にも青面金剛様にも庚申塔にも,真新しい切花の供えられてあったのがよかった。

・庚申社
【住所】愛知県豊田市渡刈町富士塚付近
【地図】いつもガイド
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八幡宮〔2〕
豊田市西田町の八幡宮の記事,2つめ(前の記事はこちら)。

由緒,境内社などについて。

拝殿前から鳥居方面を眺める。
八幡宮15(070318豊田市)

参道がね,という話を前の記事で書いたが,境内地が東名高速道路の建設で移転しているそうな。そりゃ痕跡も無いわ。今時の移転で,鳥居までまっすぐ伸びる道まで確保してはもらえんだろうしなあ。

社務所かと思っていたら,地図には「西田児童館」とある。
八幡宮16(070318豊田市)


しかし社殿まで繋がってもいるので,兼ねてるのかも。
八幡宮17(070318豊田市)


境内社らしい。
八幡宮18(070318豊田市)


手前が拝殿,奥が本殿とも見えるけど。
八幡宮19(070318豊田市)

後述するが,境内社は複数とあるので,これが覆い屋で,中に小さな社殿が並んでいる形かもしれない。

「御造営記念碑」
八幡宮20(070318豊田市)

内容は以下。適宜改行した。
御造営記念碑

由緒
祭神 譽田別尊
寛文四年八月十五日創立

 明治五年十月御規則に依り村社に確定
 昭和二十一年七月宗教法人として成立

元来北に猿投山を東に村積山(三河富士)を仰ぎ矢作川あり南に三河の海を望み西に逢妻川あり其の中間の原野林寿恵野ヶ原なる一部の丘陵通称長根山と言ふ小き所に位せり

寛文以前は鴛鴨村に属したるものの如し時勢に伴い西田新郷として一部落となる

明治に及び徳川紀州公の長根山開墾に伴いその南西外廊接地として今日に至る

昭和四十年旧境内地が東名速道路用地となり移転の止むなきに至り旧境内の西方一〇〇米の此の地を神鎮めの地と選び茲に氏子一同真心を以つて総工費四千万円余にて御神殿をはじめ社務所及び鳥居其の他建築物の総べて建造して御造営を完了し崇敬の[※以下,写真がショボくて判読不可]

 明治百年記念

朝行ったので,記念碑の表面にもろに朝陽がさしてて撮影失敗。年表的な項目は総て見えるので,とりあえずは問題なしと考えようと思う。

寛文四年は1664年。明治百年は昭和43年で1968年。百年記念という意識が出るあたり,明治はでかい時代だったんだね。

もう一つ説明看板があった。
八幡宮21(070318豊田市)

内容は以下。
西田の歴史

 慶安(1648~1651)の頃、鴛鴨村の中尾氏がこの地を開墾しました。
鴛鴨村の西に当るので西田といいます。
中尾氏に次いで、畔柳・佐藤・近藤・小杉・中野・戸田・成瀬・山田・稲垣等の諸氏が四方より移り住みました。
明治二十二年の町村制実施により大林と合併、その後に竹村と合併し、明治三十九年五月より碧海郡高岡村、昭和四十年九月より豊田市西田町となり現在に至っています。

八幡宮

【祭神】誉田別尊(ほんだわけのみこと)
【創建】寛文四年(1664年)八月十五日
【由緒】不詳

 境内には、皇大神宮、御鍬社、秋葉社、市杵島姫社、山神社が祀られています。
毎年十月十二日が祭礼日です。

          平成十六年二月七日 建之

境内社は5社。さっきの建物の中に納まってるのかなあ。「高岡町誌」には以下のように書いてある。

皇大神宮/祭神 大日孁貴神/由緒 不詳,従前末社と称す。
御鍬社/祭神 保食神/由緒 不詳 従前末社と称す。
秋葉社/祭神 軻具土命/由緒 不詳,従前末社と称す。
市杵島姫社/祭神 市杵島姫命/
   従前当村大風に鎮座の処,御達しにより,
   明治10(1877)年10月当神社境内へ移転。
山神社/祭神 大山祇命/
   従前当村字長根山に鎮座の処,お達しによって,
   明治10(1877)年10月当神社境内へ移転。


大風のイチキシマヒメさんというとこちらを思い出すわけだが,他にも同様のお社があったということか?

社号標の横にあった「土地改良碑」
八幡宮22(070318豊田市)

子どもの頃,この類の石碑が異様に怖くて。供養塔とか墓と書いてあるわけでもないのに,なんでだったんだろう。開拓や治水の苦労話を図書室で読んでたので(岸武雄の千本松原とかな),人の死が必ず伴うものだ,だから怖いと思っていたのかもしれない。

・八幡宮
【住所】愛知県豊田市西田町長根山6
【地図】いつもガイド
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近況
気力のないときに神社の記事を書くと失礼に当たるので……(イイワケ)。

〔読んだ本〕
大崎梢 「晩夏に捧ぐ」
大崎梢 「サイン会はいかが?」
三津田信三 「スラッシャー 廃園の殺人」
近藤豊 「古建築の細部意匠」

大崎梢のは“成風堂書店シリーズ”という書店員の女の子が主人公のミステリ。1冊目の「配達あかずきん」が良かったので,「晩夏」もすぐ買ったのだが,荷物の下に埋めちゃっててな。先日偶然発掘されたのをやっと読んだ。止まらなくなって3冊目の「サイン会」を買いに走った。嫌味が無くて読みやすい。多絵ちゃん可愛いし。

三津田信三のは今までのシリーズのじゃなかった。人がバタバタとグロめに死ぬの(スプラッタ映画みたいなの)が好きな人にはオススメ。生き残りをかけた逃避行のスリルではなくて,コイツいつ殺されるんだろうというドキドキが勝ってた。自分の中では。

「古建築」は40年前に出た本。現在,第21版。刷り直そうとも原版はそのままなので,活字が古臭い。図像が多かったので買ってみた。神社に特化したページは,おしまいのほうにチョコッとだけど。専門書なので高め。

ちょくちょく本屋へは行くのだけど,なかなか欲しい本が見つからない。もうずっと店頭にある本を急に欲しくなるということはまず無いので,狙いは新刊本になるのだが,そうそう好みの本ばかりは出ないやね。

昨夜は,青空文庫夢野久作を読んでいた。「いなか、の、じけん」とか「少女地獄」とか。「ドグラ・マグラ」もそうだけど,ざっと好きな作家のリストを眺めていたら,好きな作品はほとんど,ここ数年ずうっと作業中のままなんだよな。本も持ってるから,いいといえばいいんだけど。

〔体調〕
まあまあ。数日前の不調のときの薬が抜けていなくて変な感じだけど。近々の職場復帰に向けて,最後のまったり中。いや,最後になる保証は無いが。

〔神社巡り〕
行ってない。最後に行ったのが5月17日。体調や天気と相談していると,機会がなくなってしまう。それとは別に,気軽につきあってくれる友人が欲しいと思う今日この頃。

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八幡宮〔1〕
豊田市西田町の八幡宮。東名高速道路・上郷サービスエリアのすぐ西に鎮座。

地図を頼りに歩いていくと,赤い鳥居が見えた。
八幡宮1(070318豊田市)


真正面に伸びる参道というものは無いらしかった。
八幡宮2(070318豊田市)

痕跡もなかったような。正面は,田畑と民家。

「村社 八幡宮」
八幡宮3(070318豊田市)

「大正二年十月■■日建之」 木の葉で一部読めず。

鳥居。ピカピカ。
八幡宮4(070318豊田市)


額に「八幡宮」。もうちょっと大きい字のほうが好みだな。
八幡宮5(070318豊田市)

「平成十七年十月吉日 氏子中」 こりゃ新しいわ。1年チョイ。

鳥居の手前に何かあるなあと思ったら,先代鳥居の土台。
八幡宮6(070318豊田市)

多分。土台じゃなくて台輪というのが正しいのかな。現行と同じくらいの大きさの,石の鳥居があったようだ。

手水舎。
八幡宮7(070318豊田市)


狛犬さんと拝殿。
八幡宮8(070318豊田市)


阿の狛さん。
八幡宮9(070318豊田市)


吽の狛さん。
八幡宮10(070318豊田市)

「紀元二千六百年記念」ということは昭和15年製か。

拝殿。いつ建ったのかなあ。
八幡宮11(070318豊田市)


拝殿の額。「八幡宮」
八幡宮12(070318豊田市)

「愛知県知事 桑原幹根」とある。6期も務められた方らしいので,奉納の年代が特定できない。まあ戦後ではあるけど。

拝殿の。手前に張り出してるところの屋根のてっぺん。
八幡宮13(070318豊田市)

ひどい言い方だが,この拝殿が何造りなのかとか,部位の名称とかが自分のはわからんのだ。とにかく,三つ巴の紋があった。

本殿。
八幡宮14(070318豊田市)

千木は外削ぎ。鰹木は四本。

由緒や境内社などについては,次の記事にて。

・八幡宮
【住所】愛知県豊田市西田町長根山6
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・高岡地区】

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根川小学校学区内の神社(いただいた質問関連)
先日質問をいただいてた内容は,結局こんなかんじ(12kb 別窓)の回答に落ち着いた。

自分の知識が半端なのと,相手様が小学生であることなどで,説明できること・出来ないこと,するべきこと・しないほうがいいことの線引きが結構大変だった。この地域の普通の小学生ちゃんが,普段どんな勉強を学校でしているのかもわからないし。

……にしても,自分の記事で探訪記を書いてから,上のまとめを作るまでの間に判ったことも結構あるわけで,神社によっては過去記事より詳しくなっていたりする。追記なり新記事追加なりしとかないとね。

ちゃんと表を作って纏めるのも大事だね。足りない情報が何なのか,他の神社と比較するとどうなのか,などが見やすくなる。情報を埋めていくのも楽しかった。今回は,Excelで作ってhtmlで保存という方法をとった。表は重くなると聞いていたのだが,大したことなくて安心。

質問者の方には,このような機会を下さったことに感謝しております。あとは学校での資料作りや発表がうまくいくことを祈るばかり。何かツッコミ喰らったら,うちのブログのせいにしていいですからね!

■追記■
今回の質問者じゃない人には,引用元表記なしでの利用を許可しません。丸ごと転載は何をやっても不可です。他の全ての記事についてもそうですが,事前の警告無しで動きますのでご注意を。

アホな記事でもパクリはダメよ。

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寝込む
東海地方も入梅だそうですなあ。断言じゃないみたいだけど,気象庁。

梅雨のせいではないと思うが,今朝ほどから体調が悪くて,ラリり系の薬が多めに入っているので,よう物を考えん。眠いし。

写真は挙母神社のハト。2月8日撮影。

大事にされとるのかな。ぷくぷくやー。
挙母神社の鳩(070208豊田市)

 

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稲荷大明神
岐阜県瑞浪市陶町。小さなお社。

赤い鳥居で気付いた。
稲荷大明神1(070415岐阜県瑞浪市)


鳥居は二重。大きいのと小さいの。
稲荷大明神2(070415岐阜県瑞浪市)

石に「稲荷大明神」と彫ってある。

陶器の小さい狐さんとパンダ柄ワンカップ。
稲荷大明神3(070415岐阜県瑞浪市)

瓶子じゃなくて花瓶みたいだし。最初パンダのコップだと思ったのだが,縁のリムに気がついた。この形状はワンカップだろうと思って検索したら案の定。可愛いなあ。

先代,先々代の鳥居。この赤は何で塗ってるんだろう。
稲荷大明神4(070415岐阜県瑞浪市)

こういう小さなお社も好きだ。情報が無いので,出会うためには歩き回るしかない。たまに出会うととても嬉しい。

・稲荷大明神
【住所】岐阜県瑞浪市陶町大川付近
【地図】いつもガイド

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イマイチ
天気が悪くなるときよりも,段々良くなっていくときのほうが体調が悪い気がする。今も左手の親指の付け根辺りがズキズキする。腱鞘炎というヤツだ。右膝も痛い気がする。

明日は病院。そろそろ復帰の話をしっかりしておかないと。ただ症状を抑えるのと,抑えた上で社会生活もするというのは,ちょっと違う気がする。後者は例えば,簡単に言うと,いくら苦しくなくても眠くちゃ仕事にならないということだ。

騙しながらでも一日数時間,ウィークデーはずっと,会社にいられるように。一度“当たり前”から外れると,戻るのは結構大変だ。勿論毎日働く。更に,残業,休日出勤,海外出張。戻れるのか。

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隣松寺の稲荷社
豊田市幸町の隣松寺。地名にもなっている。

通りすがったら,中に稲荷社があると看板に書いてあったので,本堂へはご挨拶せず,稲荷社だけ参って帰るという非道。そもそもお寺の参り方が判らない。神社より敷居が高い。勝手に入ってよかったのか,とか。

仁王門。
隣松寺の稲荷社1(070328豊田市)


「浄土宗 隣松寺」
隣松寺の稲荷社2(070328豊田市)


阿の仁王さん。
隣松寺の稲荷社3(070328豊田市)


吽の仁王さん。
隣松寺の稲荷社4(070328豊田市)


仁王門の手前にあった豊田市教育委員会の看板。
隣松寺の稲荷社5(070328豊田市)

内容は以下。
隣松寺
 当稲荷山隣松寺は、人皇五十三代淳和天皇第三皇子東山親王国長公当地に配流承和十年薨去、隣松院殿一位相国大居士と号し、従兄弟仁明天皇、追善の為に当山を草建されたと伝う。当初は、天台宗、明徳年間明浄土宗に改宗され、現在に至る。徳川氏との関係は深かった。

 寺宝(豊田市文化財)
一、徳川家康公安緒状、徳川将軍朱印状
一、徳川家康公木像、甲冑三尊像各一体
一、雲版一面、華曼十面
一、善導大師筆、観音曼荼羅一軸

                 豊田市教育委員会

仁明天皇の在位は833~850年。おお,これは古い。

・“淳和天皇第三皇子東山親王国長公”とあるが,淳和帝の皇子に東山という名は見当たらない(呼び名が様々あったかもしれないが)。
・Wikipediaの淳和天皇の項,息子女の欄で薨去の年が近いのは,829~842とある恒統親王だが。
・逆に "東山親王" でGoogle検索すると,隣松寺の記事か,雛人形のページしか出てこない。

「東山親王」は,隣松寺の伝のみに現れる名かもしれない。ただ,ここで存在を疑えとかそういうことではない。

例えば,「上郷風土記」によると,亡くなった時,天野川右大臣(この人も誰かよくわからん)が,勅使として隣松院殿の院号を贈りに来た,ここから隣松寺の名となり,その後は皇室と親交が多く,任明,宇多,村上,後一条,鳥羽各帝の勅願文などが残っているとのことである。

配流の理由も悪事ではなさそうだ。亡くなった時/後に,カワイソウかゴメンネの気持ちでなければ,その後の皇室の行動が理解できないからだ。この時代,~の変がやたらあるからな。どろどろの皇位継承話とかな。

寺宝の一部の写真は,上郷コミュニティーセンターのサイト内にあるこちらのページで見ることができる。

門を入って右手に,目的の稲荷社があった。
隣松寺の稲荷社6(070328豊田市)

やたら新しい。

葵の御紋つき水盤。
隣松寺の稲荷社7(070328豊田市)


口に珠,手に珠の狐さん。
隣松寺の稲荷社8(070328豊田市)


口に巻物,手に子狐の狐さん。
隣松寺の稲荷社9(070328豊田市)


額には「稲荷堂」。稲荷堂が正しいような気もする。
隣松寺の稲荷社10(070328豊田市)


入口の看板には「稲荷社」ってあったのに……。
隣松寺の稲荷社11(070328豊田市)

看板の内容。
徳川ゆかりの稲荷社

 隣松寺の稲荷社は安産祈願の由緒ある社として、近在近郷の人たちの信仰を得ていました。
 特に、松平広忠の祈願により、竹千代(後の家康)が生まれ、その家康が三河一向一揆のとき、この稲荷社に戦勝祈願をし、相手方上野城主に勝ったと言われています。
 近年、東京本郷に「三河稲荷社」として末社の存在が判明しました。
                 (隣松寺)

家康誕生のときの祈願話って鳳来山東照宮でも見たんだが。風邪引いたからって,民間療法も医薬品もおまじないも色々試したら,治ったはいいけどどれのお蔭か不明,みたいなもんだろうか。お願いにあがった先の神仏は,生まれりゃあみんなご利益アリ判定ということで。

あと,戦勝祈願された稲荷さんも珍しいような気がするんだけど,どうかな。

稲荷堂の横にあった石碑。「隣松寺稲荷社由緒」。
隣松寺の稲荷社12(070328豊田市)

稲荷社か稲荷堂か統一して欲しいと思うのはわがままか。
隣松寺稲荷社由緒
 当山稲荷社は仁治元(一二四〇)年、鎮応和尚(当山住職)が京都伏見より勧請したと伝えられ、以来、五穀豊穣、開運、安産祈願の由緒ある社として近在近郷からの信仰を得てまいりました。
 殊に岡崎城主松平広忠公は、竹千代(後の徳川家康公)誕生にあたり成長の無事を祈願されたと伝えられます。
 家康公は、永禄六(一五三六)年、三河一向一揆の際、この稲荷社に戦勝祈願をし、上野上村城(酒井将監忠尚)を攻め勝利しました。家康公はその霊験に感じ入り、寺の山号「玉松山」を「稲荷山」に改め、自身の甲冑姿の木像と念持仏を奉納されるとともに朱印地三十石を寄進されました。また、江戸開府の折りには、当稲荷社の分社を吹上に造営奉遷され(三河稲荷神社)、これは稲荷信仰が江戸に広まった基となったと言われております。明治元(一八六八)年、「廃仏毀釈・神仏分離令」が発布され、以来活動を停止し、社殿は参道を背にしておりましたが、平成の再建にあたり旧姿に復することに致しました。
          平成十六年二月 二十九世 誠誉

さっきの看板とは,ちょっと違う書き方をしてある。「誕生にあたり成長の無事を祈願」なので,生まれてから来たような印象だ。

伊勢屋 稲荷に犬の糞”の大元がこことはねえ(失礼ながら)。三河の出の人が天下を取ったわけだから,充分あり得る話だけど,実際聞くと凄いねえ。三河稲荷神社の公式?サイトはこちら。今年で400年ってことは,1607年の奉遷だから,江戸幕府が開かれてすぐだ。

「上郷風土記」に気になる記述があった。
仁明天皇(人皇第五十四代)の代弘法大師一刀三禮の神像(叱枳尼天)を万民豊楽五穀成就の為、洛陽より移し隣松寺鎮守稲荷山に奉納す。
上のように,“当時の伝記”(具体名不明)に書いてあるというのだ。稲荷山の出所が何か違う。弘法大師?ダキニ天?

他にも,住職は代々勅命で定められたとか,境内が八百六十間四方あったとか書かれている。だいたい1間を6尺とすると(明治以前は時代と地域で違う),少なめに見て約1.5キロ四方である。でかっ。

ところで,ご本尊のことがどこにも書かれていない。浄土宗なら阿弥陀仏に決まっとる!……んだっけ?それにしてもね。

鬼瓦が居たよ。
隣松寺の稲荷社13(070328豊田市)


・隣松寺の稲荷社
【住所】愛知県豊田市幸町隣松寺126
【地図】いつもガイド
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変な天気
雷雨とか風とか。例年もこんなんだったっけ?

昨日は図書館と本屋へ行ったのだが,傘を差していても跳ね返りとビル風および車を停めた場所が立体駐車場の屋上だったので,乗り込むときの一瞬でビショビショ。

走り出してからの滝のような雨のほうが凄かったけど。ワイパー全開でも前が見づらい状態。だいたいそういうのは長続きしないのだが,断続的に三回来た。本屋に着く頃にはやみかけで,出てきたらもう晴れてた。よかった。

でも,三津田信三の新刊が無かった。店内の検索システムで題名も出てこないということは,チェーン全体で店頭にでていないということだ。講談社のサイトでは,予定より1日早く(?)7日に出たことになってるのに。

今日の天気はどうなんだっけか。そんなに悪くないんだったら,別の本屋へ行ってみようかな。

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根川小学校学区内の神社仏閣(いただいた質問関連)
勝手に質問者の方が根川小学校の人だと決め付けました。多分あっています。あっている事にして続けます。

根川小学校の学区は,豊田市内の以下の地域です(豊田市のウェブサイトによる)。

・秋葉町,金谷町,下市場町,下林町,長興寺,錦町,前田町,元宮町,竜宮町

先日作った寺社リストから,上の地域に該当するものを抜き出すと,

【神社】
09)鹿嶋神社:豊田市下市場町4-42
10)八柱神社:豊田市長興寺2-71
11)勝手神社:豊田市金谷町1-116
13)秋葉社:豊田市秋葉町7-15
14)勝手神社:豊田市下林町7-39
39)竜宮社:豊田市長興寺

【仏閣】
31)三光寺:豊田市金谷町5-62
32)福満寺:豊田市金谷町5-86
33)常光寺:豊田市下市場町4-45
34)光明寺:豊田市下市場町5-20
35)下林教会:豊田市下林町2-20
36)善宿寺:豊田市下林町5-20
37)長興寺:豊田市長興寺1-29
38)恵光寺:豊田市長興寺6-87

神社6,寺8。行ったことがあるのは,神社4のみです。

ザクっとピックアップ完了。
お返事が無いので,ここまでにしときます。

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亡霊供養塔と道標
豊田市配津町。渡刈桝塚線でも渡刈畝部線でもいいんだけど(両方とも市道?),配津町蔵前の交差点際にある。

写真右の「南無阿彌陀佛」が供養塔。
亡霊供養塔と道標1(070328豊田市)

町内の八幡神社の境内に,配津町の史跡マップがあって,“亡霊供養塔”なんて書いてあるから,痛む足を引き摺って行ってみたら,塔というには小さくて,膝の高さくらい。おまけに,ほんの三十分ほど前に通った(しかも信号待ちした)交差点。全然気付かなかった。

案内看板には,以下のように書いてあった。
その昔、この地の庄屋が公金を届けるため、御手洗堤を通った際、それを紛失してしまった。三日三晩探したが出てこなかったので、責任をとって入水した。そののち、火の玉亡霊となって毎夜この道を迷い続けたと言われている。

御手洗堤って,すぐ東の矢作川の堤防辺りかなあ。昔からよく決壊したところらしいので,川の場所は今とは違ったのかもしれない。

上の写真,供養塔でないほうは道標。「南 桝塚 矢作」と読める。

回ってみる。「西 配津 隣松寺」
亡霊供養塔と道標2(070328豊田市)


「北 渡刈 鴛鴨」。多分鴛鴨。読みにくくて。
亡霊供養塔と道標3(070328豊田市)

亡霊供養塔のほうに「念佛講中」とあるのが見える。

「東 中島 天神」。天神の後にもう一文字ある気もする。
亡霊供養塔と道標4(070328豊田市)

南東に岩津天神さんがあるが,そのことだろうか?

亡霊供養塔の側面。「文化……」と読める気がする。
亡霊供養塔と道標5(070328豊田市)

文化なら1804~1818年だ。約二百年前。

「配津の移り変わりをさぐる」という2003年に出た本(流通番号なし)を,本日図書館で見つけてきたのだが,それによると,
・庄屋さんの名は彦右衛門といい,入水したのは天明年間(1781~1788)
・上中島(隣村)の竹林院の浄覚法院という方により,千巻供養と墓石の建立が行われ,以後火の玉は出なくなった。
・供養塔の建立は文化元年五月(1804年)

何や竹林院って聞き覚えがあるなあと思ったら,永覚町の秋葉神社のところでも出てきたんだな。現存するのかとか,もう無いなら具体的にどこにあったのかとかは未だに判らない。

亡霊話だけれども,怖いというより悲しくなったなあ。

・亡霊供養塔と道標
【住所】愛知県豊田市配津町蔵前付近
【地図】いつもガイド

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挙母地区の神社仏閣(いただいた質問関連)
ご質問というかご依頼を受けました。ある地域の神社仏閣の歴史をわかりやすく教えてほしいというお話。自分は素人なので,ご要望にきちんと応えられるかどうかは微妙なところ。今,お返事待ち状態。

なほさん:
いただいたコメントにお返事&こちらからの質問をつけたので,そちらへご回答をお願いしますね~。

待っている間に,挙母地区の神社仏閣をリストアップしてみた。結構多い。ご依頼が挙母全体じゃなくて良かった。参考は愛知県神社庁のリスト,「豊田市史10」,「豊田市史文化資料 社寺編(1)」。

※住所は一部あやしい(とりあえずのものなのでご容赦を)。
※ナンバーは序列を表すものではない。
※同列に扱っているが,一部は境外社。

【神社一覧】
01)樹木神社:豊田市樹木町4-4
02)宮口神社:豊田市宮口町2-48
03)児ノ口社:豊田市久保町3-27-15
04)八幡社:豊田市土橋町4-87
05)挙母神社:豊田市挙母町5-1
06)白鬚社:豊田市小坂町8-61
07)神明社:豊田市小坂町8-85
08)若宮八幡社:豊田市若宮町2-17
09)鹿嶋神社:豊田市下市場町4-42
10)八柱神社:豊田市長興寺2-71
11)勝手神社:豊田市金谷町1-116
12)須佐之男神社:豊田市平和町7-26
13)秋葉社:豊田市秋葉町7-15
14)勝手神社:豊田市下林町7-39
15)神明社:豊田市今町5-25
16)白山神社:豊田市京町7-12
17)毘森社:豊田市小坂町1-42
18)八柱社:豊田市千足町5-91
19)八幡社:豊田市本地町1-54
20)梅坪神社:豊田市梅坪町4-58
21)前山秋葉神社:豊田市明和町2-6-1
22)西山神社:豊田市若草町2-16-3
23)喜多神社:豊田市喜多町3-15
24)白山神社:豊田市東梅坪町7-12
25)秋葉神社:豊田市日南町4-3
26)貞宝神社:豊田市貞宝町8
27)秋葉神社:豊田市三軒町5-15
28)秋葉神社:豊田市細谷町1
29)深田山神社:豊田市深田町1
30)八幡神社:豊田市美山町5-73
31)豊興神社:豊田市トヨタ町1
32)豊興南神社:豊田市トヨタ町13
33)豊西神社:豊田市山之手3-94
34)豊興西神社:豊田市丸山町
35)平山神社:豊田市トヨタ町11
36)松園神社:豊田市トヨタ町7
37)水源神社:豊田市水源町6-6
38)寿神社:豊田市寿町4-23
39)竜宮社:豊田市長興寺

【仏閣一覧】
01)瑞光院:豊田市挙母町5-12
02)安栖院:豊田市桜町1-67
03)三河別院挙母支院:豊田市桜町1-1
04)浄久時:豊田市喜多町3-1
05)住寺:豊田市竹生町3-19
06)一乗寺:豊田市竹生町4-33
07)妙見寺:豊田市日南町5-42-3
08)霊岩寺:豊田市平芝町6-3
09)庚申寺:豊田市東梅坪町8-21
10)薬師寺:豊田市京町4-6
11)安長寺:豊田市梅坪町5-14
12)洞泉寺:豊田市小坂町3-10
13)昌樹院:豊田市小坂町3-29
14)採養院:豊田市小坂町8-62
15)薬王寺:豊田市小坂町12-37
16)弘法院:豊田市小坂本町2-23
17)水音寺:豊田市上挙母1-45
18)陽龍寺:豊田市樹木町4-48
19)神竜寺:豊田市朝日丘6-41
20)法雲寺:豊田市土橋町8-6
21)福寿院:豊田市宮口町4-67
22)浄覚寺:豊田市宮町3-64
23)如来寺:豊田市本新町3-15
24)浄法寺:豊田市本新町4-35
25)観音寺:豊田市本地町6-80
26)道住寺:豊田市本地町7-31
27)松元寺:豊田市本地町8-33
28)光蓮寺:豊田市本地町10-18
29)観音院:豊田市千足町5-34
30)竜寿院:豊田市千足町10-65
31)三光寺:豊田市金谷町5-62
32)福満寺:豊田市金谷町5-86
33)常光寺:豊田市下市場町4-45
34)光明寺:豊田市下市場町5-20
35)下林教会:豊田市下林町2-20
36)善宿寺:豊田市下林町5-20
37)長興寺:豊田市長興寺1-29
38)恵光寺:豊田市長興寺6-87
39)常行院:豊田市今町7-72
40)称念寺:豊田市河合町7-21

そのうち,お寺さんも行ってみないとねえー。

おなか空いてきたので,以上。

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綿積神社〔3〕
岡崎市柱町の綿積神社の記事。3つめ。
(前の記事はこちら→〔1〕〔2〕

その他境内にあったものについて。

「柱津天神~由来」看板の横にあった小さなお堂(?)

綿積神社22(061216岡崎市)

中には恵比寿様大黒様ペアが2セット。奥の細かい文字は般若心経だった。

境内にあった大きな木。
綿積神社23(061216岡崎市)

クスだったかなあ。写真の右下に美容院の看板が見える。神社の境内から看板を見てもらえるって,うらやましい店だなあと思った。

(確か)鳥居をくぐってすぐ右にあった「御大典記念」
綿積神社24(061216岡崎市)

裏に「昭和三年十一月 柱町青年團」とあった。

こちらは「平成 御即位記念」
綿積神社25(061216岡崎市)


本殿の真裏にあった「御即位紀念」と「御即位紀念樹」
綿積神社26(061216岡崎市)

大正の?

多分社務所。
綿積神社27(061216岡崎市)


遊具もあった。
綿積神社28(061216岡崎市)


背後から狛犬を撮るのがマイブームだったらしい。
綿積神社29(061216岡崎市)

後頭部と,ちろっと出た左右の耳,巻いた尻尾。可愛い。

綿積神社の記事は以上。何か判ったら追記する。

・綿積神社
【住所】愛知県岡崎市柱町字北屋敷14
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【岡崎市】

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綿積神社〔2〕
岡崎市柱町の綿積神社の記事,2つめ(前の記事はこちら)。

由緒の前に,境内社の話を。

社殿に向かって,右側の奥に並んでいる。
綿積神社17(061216岡崎市)


右から順に,「柱津天神社」
綿積神社18(061216岡崎市)


右から二番目,つまり中央。「護国神社」
綿積神社19(061216岡崎市)


一番左。「熊野神社」
綿積神社20(061216岡崎市)

さて,柱町は岡崎市の中でも,旧額田郡に属した部分である。今の岡崎市の大部分は,元額田郡だが,柱町はキワ近くにあって,ちょっと西へ行くと,すぐに旧碧海郡だった地域に出る。

我がファイルには乏しい,額田郡の資料を漁ってみた。

「三河國額田郡誌 全」(大正十三年刊)。これしか無い。神社のところだけコピーしてきたやつだ。神社一覧のところに,下のようにある。

(村社)/神社名:綿積神社/鎮座地:岡崎村大字柱/祭神名:綿積命 外四柱/創立年代:(記述なし)/例祭日:十月七日/供進指定日:明治四十二年九月一日

前の記事で,ワタツミ神社って言えば,ご祭神はすぐに判るじゃーんと豪語したのは,同じワタツミという名前の有名な神様がいらっしゃるから。ただ,例えば古事記には,ワタツミとつく神は複数登場する。

1)大綿津見神:
 イザナキとイザナミが,国生みの後,今度は次々と神々を生んでいった。八番目に生んだ神が,海神の大綿津見神とある。

2)底津綿津見神,中津綿津見神,上津綿津見神:
 イザナキが黄泉の国から帰った後,穢れたと言って禊をする。身につけていたものを脱ぎ捨てたとき,それぞれ捨てられたものから生まれた神が,あわせて十二柱。その後,身体を洗ったとき,出た穢れから二柱,凶事(穢れ)の好転のために三柱,瀬の底で滌いだときに底津綿津見神,同じく中ほどでは中津綿津見神,水の上では上津綿津見神が生まれた。

3)綿津見大神:
 火遠理命(山幸彦)が,兄の釣り針(鉤)を探しに行った先の主。後にホオリの妻になるトヨタマヒメの父親。1)と同一神と見るらしいが,どうだ。

柱町の綿積命は,多分上の1かなあ(1=3ぽいから,2以外?)。2はだいたい三柱セットで祀られるようなので(阿曇氏が奉斎してたとか),除外してもいいのかなという考え方。

これも前の記事で,ご祭神が女神のこともあると書いたのは,長崎の和多都美神社や高知の海津見神社では,トヨタマヒメが祀られてるらしいから。ワタツミ神社と来たら,ご祭神は海に関係する神様であるということだけは確かだね。ワタツミ=ワタ(海)ツ(~の)ミ(神・霊)だから当たり前か?

前述の「三河國額田郡誌 全」のページを繰ると,各論も載っている。7行ばかりの文章だが,うち2行が綿積神社本体のこと,残りの5行は,境内社の柱津天神のことである。境内に小さくマシマス神社のほうが古い?有名?

先に本体の2行のほうを。
岡崎村大字柱に在り、綿積命、建御名方命、天照大神、豊受姫命、白山姫命を祀る、境内に今熊神社、柱津天神の二社あり。

これで,“外四柱”は判明。タケミナカタかあ。諏訪の神様だねえ。どういう経緯でここにいらっしゃるかねえ。

“境内に今熊神社、柱津天神の二社あり”ってなってるけど,今熊神社?境内の手書き看板を見ると「熊野神社/祭神 伊邪那美命/註 日本国国産の神」になってて,ただの熊野じゃなさそうなんだけど(ただ熊のならケツミコとかスサノオじゃない?)。イマクマノ神社っていうのが京都や和歌山にあるらしい。そっちの関係か。それにしても熊野三山が元であることに変わりは無いけど。護国神社の記述が無いのは,執筆当時,まだなかったから。日清・日露・大東亜の戦死者が祀られてるわけなので。

「柱津天神と腰掛石の由来」という看板があった。
綿積神社21(061216岡崎市)

綿積神社本体の由緒書きもあっていいと思うんだけどなあ(ワガママ)。

内容。( )内は読み仮名をうつしたもの。
柱津天神と腰掛石の由来

 御祭神を柱津彦命と申し、天津彦根命の後裔、五十芥(いそたける)命の孫、額田別命の御子なり。

十二代景行天皇の勅を奉じ當地に遷(うつ)り坐し、民草の統治、荒野の開拓に力を注がる、即ち岡崎市南部菅生川以南(福岡、幸田、竜谷)東は男川沿岸を始めて後には岡崎、額田一円に亘り産業、文化の発展に努められ斯の御事蹟や著しく現在の盛殷(せいいん)の礎を築き給う。

文徳天皇は仁壽元年十月命の御偉蹟を賞(め)で正五位下、天神の神階(しんかい)(神様の位)を授け給いしより世に柱津天神と奉稱す。

叙上の如く命は此の地(柱)に館を構え、折り[反復記号]の御休息の石として用いられしと、郷人(さとびと)天神様の腰掛石とぞ傳え今に及ぶ。

神垣に千年萬歳残るらん名も世に腰掛の石

上の写真の,白い看板の右にある平べったい石が腰掛石らしい。

御祭神柱津彦は,先祖にアマツヒコネ,祖父がイソタケル,父がヌカタワケだと書いてある。アマツヒコネは八柱神社のご祭神の8分の1(失礼な物言い)。つまりアマテラスとスサノオの誓約によって生まれた神。古事記に“次天津日子根命者、凡川内國造、額田部湯坐連、茨木國造、倭田中直、山代國造、馬來田國造、道尻岐閇國造、周芳國造、倭淹知造、高市縣主、蒲生稻寸、三枝部造等之祖也。”とある。額田部湯坐連の辺りが怪しいね。

イソタケルは五十猛と同じかな。日本書紀の一書にしか出てこないらしい。スサノオの子?

額田別は全然判らない。柱津彦が景行天皇の代の人だとすると,ヤマトタケル(景行帝の子)とか猿投神社のオオウス(ヤマトタケルの兄)とかと同じくらいの時代かなあ。その後神階を授けた文徳天皇が55代,景行天皇が12代。三十代以上も空けて褒められたというのは,文徳天皇の近くに額田郡の人でも居たんだろうか。

判んないことだらけだな。じゃあ最後に「三河國額田郡誌 全」の残りの5行。
柱津天神は額田部造の祖柱津命を祀れる社にして三河舊社記に額田郡柱津神社波志良津命を祭と記し、國内神名帳に正五位下柱津天神式外座額田郡をあるもの則ち是なり。
ここまでは何とか判る。ご祭神の名前も,ヒコが無いだけで境内の看板と同じだし。あれ?三河の国内神名帳の成立っていつごろだっけ?

近世三河國名勝志に往古矢矧川修覆の節は朽[※木+汚のつくり]ち爛れたる古材を此處に積置しよし後神祠を建て柱朽[※木+汚のつくり]天神と崇め奉ると云傅ふ今も官家矢矧橋御修造の時は朽[※木+汚のつくり]木を此社地に積置事是古例なり延喜式社の内柱津天神は是なるべし、柱積天神の畧稱なるか土人の柱朽[※木+汚のつくり]天神と誤り唱ふも亦據なきにしもあらず云々と記すは非なり。
矢矧は今の矢作でしょう。何かいきなり式内社であるみたいなこと言い出してるけど,額田郡二座は稲前と謁播だ。最後の“非なり”で三河國名勝志に書いてあることは全部ウソだからと否定してるってことかな。句読点が無いと,ちゃんと読めん。

こないだコピーしてきた「国内神名帳の研究 資料編」を引っ張り出してみた。三河国内神名帳は猿投神社バージョンと旧羽田八幡宮バージョンが載っているのだが,前者に“正五位下 柱律(ハシラツノ)天神 坐額田(ヌカタ)郡”,後者に“正五位下 柱津(ハシラヅノ)天神 坐 額田ノ郡”とあるのが該当部分だな。

……結局,資料の記述を並べただけになってしまった。しかも羅列。我ながら読みにくい。羽根の稲荷神社の時もかなり混乱したけど,旧額田郡は自分には鬼門なのか?(お前が馬鹿だからだーという声が聞こえるぅー)
(稲荷神社の記事はこちら→〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕

その他,「御大典記念」などは次の記事にて。写真だけになると思うけど。

・綿積神社
【住所】愛知県岡崎市柱町字北屋敷14
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【岡崎市】

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呆れた
民営化前の国鉄とか,叩かれ出す前のNHKの高飛車さを思い出す今日この頃。問い合わせなんざしていないが,いくら無料のブログサービスとはいえダンマリは酷い。

サーバーを準備して,1から構築する能力の無い自分が悪いんだが。

一応画像はちゃんとアップできたようなので,会社から帰ってきて気力があったら,綿積神社の続きを書けるかなあ。会社は会社で嫌な話になるかも知れないんだけど。どうだろ。

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