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史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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挙母神社〔6〕
豊田市挙母町の挙母神社の記事,6つめ。
(前の記事はこちら→

やっとこさ由緒の話を。挙母神社さんの公式サイトも是非。

神社にある火は,清浄な感じがするので好きだ。
挙母神社77(070203豊田市)


まずは,神社入口の案内板にあった説明を書き写しておく。
  祭神
一、高皇産霊命
一、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇々藝命
一、天萬栲幡千幡比賣命
一、天之水分神
一、國之水分神

  由緒
 文治、建久の頃(一一八九)源義経の家臣、三河鈴木重善(のちの善阿弥)は源義経の没落を聞き当地に隠れ住み、そののち大和吉野から子守社を勧請して衣上之郷にまつり奉仕した。鎌倉実記、義経勲功記に「其の頃熊野の鈴木次郎重行と言うものあり、矢作川の上、衣の里と言う処あり、彼の里に庵室をしつらい住みける殊勝なる法師に里人も尊みしたしみけり、熊野の神を勧請云々」とあり延宝旧図に「大明神の本殿は四間に三間あり拝殿は長さ三間横二間とす。社内に薬師堂あり」とある。衣記に「子守大明神は往古より挙母の鎮護たり、草創は何れの年ともいまだつまびらかならず鈴木某熊野より云々」。旧幕時代は、子守大明神といっていたが明治四年(一八七一)三月十四日挙母藩庁から挙母神社と改められ藩社となり、その後郷社となった。
昭和二十一年(一九四六)宗教法人令により届出認証登記、旧社格を廃止神社等級八等級。昭和二十八年(一九五三)宗教法人による「宗教法人挙母神社」設立認証登記。昭和五十四年九月二十八日神社等級六等級に昇格。

  祭儀(大祭)
一、祈年祭 二月十七日
一、例祭 十月第三日曜日
一、新嘗祭 十一月二十三日

ご祭神は,タカミムスビ,ニニギ,タクハタチハタ,アメノミクマリ,クニノミクマリということである。ニニギ(天孫),その母(タクハタチハタ),母の父=ニニギの祖父(タカミムスビ)+両ミクマリ神。(ニニギが国でミクマリが國なのには意味が有るのかな)。

なんでこの組み合わせかなあと思って,勧請元であるという,吉野水分神社(吉野の子守社って,ここでいいよね?)について調べてみた。

[参照] Wikipedia 吉野水分神社の項

(引用)~水を司る天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)を主祭神とし、高皇産霊神・少名彦神・御子神・天津彦火瓊瓊杵命・玉依姫命・天萬栲幡千幡比命を配祀する。~

ミクマリ神はまとめて(?)1神(同じ項に『神社要録』には「天水分神・国水分神」と書かれてあるという記述もある)だが,組み合わせはほぼ同じで,挙母神社では見えない神名として,「少名彦神・御子神・玉依姫命」が出てくる(スクナヒコナは境内の針塚のところに居らしたけど)。

ここで「御子神」って誰やねん!という疑問が湧いた。どうなの。“いずれかの神の,子であるところの神”という意味しかないんじゃないのか,御子神という言葉には。

でも,ほとんどのサイトには上のように書かれているのだ。境内に案内板があったりして,みんなそれを見て書いてるから同じなんだろうか。一箇所,少名彦名命御子神(すくなひこなのみことのみこがみ)と書いてるサイトをみつけた。

[参照] 吉野水分神社夢結び.com 様

これなら理解できる気もするが,スクナヒコナの子って……という新たな疑問が。でも,挙母神社の問題じゃないから,ここまでにする。

〔案内板の要点〕
・創建は(一般的に)不詳
・源義経家臣の鈴木重善(姓は同じだが,名が違う/伝わっていない例もある)が吉野より子守社を勧請したと伝わる。
・明治四年以前は,子守大明神といった。

鈴木重善の話は,下林町の勝手神社の記事で,ぐだぐだ書いた覚えがある。ほんとに源平時代~の人か?という話など。その後,源平時代で矛盾しないと主張する資料も出てきて(どの本だったかいな)混乱中。ちょっとまだ保留にしときます。

先ほど,挙母神社と吉野水分神社の祭神を比較したが,これどう思う?

神名の順番。
挙母神社4(070208豊田市)

普通さ,エライヒト(神)から順に書かん?学会のレジュメみたいに教授が末ってのもアリかもしれないけど。

確かにタカミムスビは造化三神で別天神(コトアマツカミ)で特別だ。ニニギは皇祖の孫(天孫)でタクハタチハタはその母。でも,勧請元の順を覆してまで先頭に持ってくるだろうか?

悩んでいたら見つけた。例の「衣の里」の記述。以下に要約してみる。

■「衣の里」名倉宗義 著/昭和四十九年(流通コードなし)
「挙母神社 稚児ノ口神社 開基由来」
・垂仁天皇は第十二皇子の落別王を三川衣の郷の統治に任じた。
・皇子は宮居を衣の里に造営,高御座に神殿をつくった。
・その祭神は伊勢国一宮に祭祀される神々で,(以下簡略表記)タカミムスビ,ニニギ,タクハタヒメである。
・上の神殿が挙母神社の開基である。

がーん。異説。落別王の話は久保町の児口神社の記事に少し。

■「衣の里」続き
・後醍醐天皇が吉野へ移ったとき,援護の楠木軍は戦況が悪く,衣の里へも援軍を求めた。
・援軍を求める使者として,三河の住人「鈴木重総」が立った。
・この時,重総は吉野水分神社の宮司に頼んで山伏姿に変装,背に負う葛篭に水分神社のご分身である木像と祭事の備品一式を納めていた。
・大任を果たした重総は,木像と備品を高御座の神殿に合祀した。

ごーん。ミクマリ神が後付け!これなら上の順番で納得はいくけど!ところで,鈴木重総さんて,鈴木ホクニ商店さんのご先祖とも書いてあったよ。挙母町にお住まいの方は,このお店のことをご存知?

前半に出てきた伊勢国一宮だけど,まさかお伊勢さん(神宮)じゃないので調べてみた。椿大神社と(または?)都波岐神社・奈加等神社(合殿)らしい。あの,両方ともサルタヒコさんで有名なんですけど。

椿大神社の公式サイトによると,主神は猿田彦大神,相殿に瓊々杵尊と栲幡千々姫命とあるが,タカミムスビが見当たらない(八百萬神が合祀されてるから,その中にいらっしゃるということか?)。

玄松子の記憶様のとこの椿大神社のページには,合祀の筆頭に高御産巣日神とあった。

そうかー。どちらにしろ,主祭神からお呼びしたわけじゃないってことになるんだな。何故だろう。

都波岐神社・奈加等神社(合殿)のほうは,三神とも見当たらない。だから,「衣の里」でいう伊勢国一宮は椿大神社のことなんだろう。そうかー。何があったのかを客観的に確かめる方法って無いのかなー。

神社本体が名乗っている由緒があるのなら,それを正とするのがあるべき姿勢だとは思うのだが,異伝やなんかも知りたくなってしまうんだよね。不敬だと言われつつも,天皇陵をどうしても発掘したい気持ちみたいなね(ちょっと違うかな)。

絵馬もたくさんあった。
挙母神社78(070203豊田市)

「豊田市史文化資料 社寺編〔1〕」に境内社のことが出ていたので,これも抜粋しておく。

「豊田市史文化資料 社寺編〔1〕」
1 挙母神社
……境内神社に秋葉社〔祭神火産霊命、宝暦11年(1761)5月勧請〕・御鍬社〔祭神豊受比賣命・享保2年(1717)4月勧請〕・稲荷社(祭神宇迦之御魂神)・津島社(祭神健速須佐之男命)・金刀比羅社(祭神大物主命・金山毘古命・金山毘賣命)・天満社(祭神菅原道真)がある。


当方の記事(境内の看板準拠)と比べると,ご祭神が増えてたり減ってたりする。

(続き)
天満社はむかし喜多町(旧字天神)にあって天神社といっていたが、寛文9年(1669)8月18日に童子山(小坂本町8丁目)に移された。(中略)その後、明治4年(1871)3月15日現在地に移され末社となった。正徳2年(1712)2月25日朝倉孫兵衛孝政がご神体として菅原道真公の肖像画を奉納した。(中略)隣地に神宮寺と考えられる子守薬師(浄土宗瑞光院)がある。

おお,子守薬師=神宮寺説。もしそうならだけど,神宮寺よりも神社本体のほうが古くないとおかしい気がする。子守薬師の創始は平安時代初期って言われてるぞ。やっぱり,挙母神社も文治・建久(1192つくろうの前後)と言わず,もっと古いのではないか。

遊具もあった。
挙母神社79(070203豊田市)

うーん。奥深いなあ。文章なら,ぴゃっと平安時代とか書けちゃうけど,実際には(大雑把に)千年も昔のことだもんね。年月の壁は分厚い,のかなあ。

今年の秋は挙母祭りに行けるだろうか。せめて沿道からでも拝めるといいな。体調が落ち着いていますように。

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・挙母地区】
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テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

ドカーン!
今朝はドカーン!ドドドドドド!という大音響で起床。雷。

それがさ,酷いんだって。山寄りの友人宅は,忙しい朝っぱらから1時間も停電したっていうし,大雨の中出勤したら,拠点のネットワークが本部から切断されてて仕事にならないしさ。

やあ。でもこれが土日じゃなくてよかったねえ。祭や花火が中止になるところだった。

今週末は,岡崎の花火に安城の七夕まつり。行かないけどね,多分。お天気がいいことを祈ってます。台風来てるけど。

昨夜は選挙の開票速報が面白くて,夜中過ぎまで聞いていた。自分が投票した候補は,比例も選挙区も早々と当確が出たので,もう安心して,NHK速報サイトの数字をニヤニヤと見物。

でも,みんなが支持してるからでは絶対になくて,他がダメすぎるから第一党なんだということは忘れないでいただきたい。ちょっとでも味噌がついたら,すぐにそっぽ向かれちゃうよ。

今日は雨のせいで涼しかった。おいでんに出た人も,運営の皆さんもお疲れ様ね。来年もまた,楽しみにしています。

テーマ:( ´ー`)y-~ ふー - ジャンル:日記

2007年 第39回おいでんまつり!〔5〕
さあ,もうあとは帰り道。まだまだ踊りは続いてるけど,自分は半病人だから,カラダ大事にしないとね!

18時過ぎ。日が傾いてゆく……。
おいでんまつり72(070728豊田市)

つーか,橋を駅側へ渡ったら,途端にえっらい人だし。もしかして,知り合いがそこから出るという理由でスタジアム前に陣取ったのは,人ごみ苦手な自分には最適な選択であったのか。

ZiZi工房さんも三州足助屋敷さんも大繁盛。
おいでんまつり73(070728豊田市)

この人々の中で並んで待つのは自分には無理。泣く泣く諦めた。

■ここからは,おいでんの時じゃなくても撮れるオマケの写真。

豊田大橋って,今回初めて徒歩で渡ったんだけどさ。
おいでんまつり74(070728豊田市)


何かすっごい変な形じゃない?
おいでんまつり75(070728豊田市)


遠くから見るとそうでもないけど。
おいでんまつり76(070728豊田市)

今調べたら,スタジアムと同じで黒川紀章設計なのな。だったら何となくわかるかも。彼のデザインは機能美じゃない。シンプル最低限をよしとする自分のような人間には,彼の建築物がハッタリに見えるのだよ。

豊田大橋は矢作川にかかっとります。
おいでんまつり77(070728豊田市)


河川敷のビニール紐は,花火の来賓席かな。
おいでんまつり78(070728豊田市)


矢作の流れ夕映えの~,というのは出身高校の校歌。
おいでんまつり79(070728豊田市)


スタジアムも初体験だった。
おいでんまつり80(070728豊田市)


TOYOTAでかーい。下のほーにウチの会社の看板もあるな。
おいでんまつり81(070728豊田市)


こっちにもTOYOTA。小さい看板も,関連企業が大半。
おいでんまつり82(070728豊田市)


メーテレのマスコットは,ちょっと可愛いと思う。
おいでんまつり83(070728豊田市)


この場所でワールドカップという夢は潰えたわけだが。
おいでんまつり84(070728豊田市)

いや,また日本開催があれば判らんけどね。

外側で気になったもの。折りたたみ式の屋根だよね。
おいでんまつり85(070728豊田市)


セミ。
おいでんまつり86(070728豊田市)

踊りが始まる前,早くもヘバって日陰へ逃げ込んだ自分の足元でじっとしていた。

ちょっと現代ゲイジュツっぽくないか。
おいでんまつり87(070728豊田市)

自画自賛もいいとこだけど。日陰で動かないセミってのが,捨て置くには忍びない切なさで。

おいでん系の記事は以上。お疲れ様でした。

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2007年 第39回おいでんまつり!〔4〕
17:20開始,おいでんファイナル踊り2部。

開始時間が迫り,続々と集合する出場者。
おいでんまつり51(070728豊田市)

見物客も,昼に比べてかなり多くなってきた。

Aコース1番手。「平山」
おいでんまつり52(070728豊田市)


「今」。今町の人たちかな。
おいでんまつり53(070728豊田市)


だいぶ日が傾いてきた。気温も昼よりは低め。
おいでんまつり54(070728豊田市)


赤白のTシャツに黒ズボンの連。
おいでんまつり55(070728豊田市)


「豊田サンボーイズ 梅坪のイケメン達」。
おいでんまつり56(070728豊田市)

少年野球の子たちかな。少年も可愛かったが,個人的に,最後尾の幼児に一票。

連の名前は忘れたけど,フラメンコ。
おいでんまつり57(070728豊田市)

おねいさん方はたいへん綺麗だった。カメラを気にしながらも頑張ってた,先頭のプレート持ち少年,よかったぞ。

日に向かって去ってゆくフラメンコ。
おいでんまつり58(070728豊田市)


「メタボリック歌劇団」
おいでんまつり59(070728豊田市)

意外と引き締まってた気がするけどな。

アフロ系かつらの連。
おいでんまつり60(070728豊田市)


「井上小 ゆりのき踊り連」。小学生と親御さんの連。
おいでんまつり61(070728豊田市)

男の子もキラキラ。

「Jump! Johsui!!」。浄水の皆さん。
おいでんまつり62(070728豊田市)

地名から水のイメージにしたのかな,涼しげなブルーの衣装。

赤い熟女待機中。1部出場の「優美」とお仲間っぽい。
おいでんまつり63(070728豊田市)

何だかみんな,1部の人たちより動きがいいかな?と気付いた。気温が下がって来たせいかな。炎天下35℃オーバーの昼間に全力で踊っちゃうと命が危ないもんね。

「豊田フォークダンスクラブ」。熟したハイジ。
おいでんまつり64(070728豊田市)

たまに居る男の人たちはペーターな設定か?

「華の宴」。赤い提灯に二の腕まで剥き出し熟女。
おいでんまつり65(070728豊田市)

かっこよかったぞ。

華の宴,先頭のオカン。笑顔絶やさず。いいぞー。
おいでんまつり66(070728豊田市)


「ケーピーズ 忍」。忍者軍団。
おいでんまつり67(070728豊田市)

くのいちも頑張ってたよ。

「HOT DANCERS」。若い娘,照れつつも頑張る。
おいでんまつり68(070728豊田市)

踊ってる中から,「笑顔!」と仲間を叱咤激励する声が上がった。

オーソドックスな祭はっぴの連。ちび君たちも可愛かった。
おいでんまつり69(070728豊田市)


「M-2」。緑のタンクトップに黒の短いボトム。
おいでんまつり70(070728豊田市)

飛んだり跳ねたり全身でアピール!レベル高い気がした。

18時になったので,無理せずゆっくり帰ることにした。昼前から市役所(期日前投票)とか準備の様子とか見て回っててふらふらだったの。駅までのまっすぐな道が踊りルートなわけだから,見ながら帰ればいいしと思って。

おおっ,コスプレ集団。アニキャラ?ゲーキャラ?
おいでんまつり71(070728豊田市)

何気に,一番下の写真中央で昔の中国人風衣装を着てる兄さんがいい味出してた。

踊りの写真はここまで。あとは沿道の様子と,合間に撮ったオマケ写真が少々。次の記事で書くけど,まあほんとにオマケだから。

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2007年 第39回おいでんまつり!〔3〕
おいでんファイナル踊り1部の続き。Aコースを過ぎていった連のうち,17組目から。

「ドリーム」。ドリームのあとにまだ続くかも。
おいでんまつり36(070728豊田市)


「バニーちゃん」
おいでんまつり37(070728豊田市)


「Very Berry」
おいでんまつり38(070728豊田市)


「TFM9」。迷彩ズボン。
おいでんまつり39(070728豊田市)


親子で可愛かった連。名前不明。
おいでんまつり40(070728豊田市)


「JAあいち豊田女性部」
おいでんまつり41(070728豊田市)


背中に「乱舞」の人々。
おいでんまつり42(070728豊田市)


「ダンシングヒーロー on ……」。最後読めんかった。
おいでんまつり43(070728豊田市)


もう15時だけど,暑さはまだまだ。
おいでんまつり44(070728豊田市)


背中に「祝十周年」の皆さん。
おいでんまつり45(070728豊田市)


「すかいまうんてん」
おいでんまつり46(070728豊田市)

ここらまで来ると,踊りの人も観客もバテ気味……。やっぱ暑いもんね。自分もここらで生命の危険を感じたので,スタジアム内へ避難。16時を過ぎるまで休んでいた。1部はその辺で終了。

16:30頃のスタジアム外。2部の踊りは17:20から。
おいでんまつり47(070728豊田市)

カツラとか稲武とかフラメンコとか男の子もキラキラとか。

完熟ハイジ発見。
おいでんまつり48(070728豊田市)

固まって話してる後姿が可愛いのだが,漏れ聞こえる笑い声がオバチャン。熟女パワー。

橋の下に消防車が何台も。翌日の花火対応?
おいでんまつり49(070728豊田市)


グッタリ気味?スタッフ,DJ,審査員。
おいでんまつり50(070728豊田市)

2部出場の友人とは,ここでしっかり会えた。連の名前を知らなかったので,どうやって探そうかと思ってたのだが,よかった。

さあ,いよいよ2部の始まり。以降のことは次の記事にて。

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2007年 第39回おいでんまつり!〔2〕
14時からはじまった,おいでんファイナル踊り1部の様子。撮影はAコースのみ。同じ曲がぶっつづけでかかる中,後ろから順番に1チームずつコースへ入り,踊りながら前進して審査員席の前で超アピールする。

1つのコースで4曲踊ったら,別のコースへ裏道で移動して,そっちでもアピール!らしい。3コースくらい回れるのかな。直前の発表で,橋の上の気温は36℃。うひゃあ。

Aコース1番手。「とびこみパイレーツ ~THE FAINAL~」
おいでんまつり16(070728豊田市)

若いよねー。いいよねー(Aが一個多いのも看板通り)。スタッフ,連を位置につかせたり移動させたりで,結構つきっきり。

曲に合わせてリズムを取るみっきーさん。
おいでんまつり17(070728豊田市)


「SMILELOVE」 幼児が一個溢れてた。
おいでんまつり18(070728豊田市)


背中に「魁 VPE」とあった。トヨタの人かな。
おいでんまつり19(070728豊田市)


沖縄人ならぬ「沖圧人」。ぷれすんちゅって読む?
おいでんまつり20(070728豊田市)

多分これもトヨタさん。

背中に「豊田 松平」。松平地区の人々と思う。
おいでんまつり21(070728豊田市)

この衣装,カッコいいなあと思った。

「K★D mama」。ここも親子で出場。
おいでんまつり22(070728豊田市)


「優美」。熟女連。
おいでんまつり23(070728豊田市)

うちのオカンよりは若いが,自分の親でも全くおかしくない歳であろう皆様。

「TOENEC」。ヘルメット!最後尾には子どもら。
おいでんまつり24(070728豊田市)


雲はあるけど暑かったよ。
おいでんまつり25(070728豊田市)


「ザ・ホミーズ」。何がいいって,お父さんたちのセーラー服。
おいでんまつり26(070728豊田市)


待機所に大量のみにーさんが。
おいでんまつり27(070728豊田市)


「APPLE」。見た中で最少人数。
おいでんまつり28(070728豊田市)


「前田組」。土建屋さんだろか。いなせだ。
おいでんまつり29(070728豊田市)


「ぽけっと」。ジーパンの男性にドレスの女性。
おいでんまつり30(070728豊田市)


「つつみフレンド」。みにーさんズ。
おいでんまつり31(070728豊田市)


「Peacocks」。健康美。
おいでんまつり32(070728豊田市)

動きも揃っていたし,容姿のいい娘さん揃いだったので目を引いた。

意地悪な自分は,そういうのに貼りつくカメコを撮る。
おいでんまつり33(070728豊田市)


「エンジェル新体操クラブ」
おいでんまつり34(070728豊田市)

普段から鍛えてるからかな,動きが綺麗に揃っていた。そしてみんな細い。

「生涯スポーツ」。えらく楽しそうだった。
おいでんまつり35(070728豊田市)

ここまでで16組。体調が不安になりだしたが,もうちょっと頑張ってみた。続きは次の記事にて。

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2007年 第39回おいでんまつり!〔1〕
豊田に住み始めて十余年,本日初めて見物に行って来た。

神社と結びついたイワユル“祭”じゃないし,はしゃぐのが好きな人じゃないと見ても面白くないだろと思っていたのだが,何だ,楽しいじゃん。こりゃ毎年踊りに出たくなる気持ちも分かるな。

あまりの楽しさに撮った写真が300枚を越えてしまった。没のもあるし,お顔があんまりしっかり出るとまずいかもしれないので,数枚ずつ連結して縮小やらしているが,全部紹介するには数記事かかりそう。

図書館へ行くのに駅前へ出ると,運営本部が出来つつあった。
おいでんまつり1(070728豊田市)

まだお昼前である。左上から時計回りに,
 ・名鉄豊田市駅前の様子
 ・参合館の横に各種本部
 ・審査員席とかDJ席とか
 ・地元ケーブルテレビ局もスタンバイ

スタッフの方も,くそ暑いのに大変やね。
おいでんまつり2(070728豊田市)

自転車の美少女は,偶然通り過ぎました。

準備の進む,駅前大通の様子。
おいでんまつり3(070728豊田市)

左上から時計回りに,
 ・会場スタッフの制服は青のTシャツ(お疲れ様)
 ・スピーカーやらライトやら
 ・ローソンの店員さんも祭対応
 ・オマケ:何やら暑そうだった武道着少年たち

この建物,良い。再開発で消えちゃうかな。
おいでんまつり4(070728豊田市)

ここのカメラ屋さんでストラップを買いました。今までヒモなしだったの。今日は橋の上をメインにするつもりだったし,人ごみで落としたら大変なので。

リンゴン言い出したので周囲を見るとこんなものが。
おいでんまつり5(070728豊田市)

カリリヨンとかカリルロンと呼ぶと黒死館ぽい。この時点で正午。

ZiZi工房さんと三州足助屋敷さんが来てた。
おいでんまつり6(070728豊田市)

準備中だったので,帰りに寄ろうと決意。

まっすぐスタジアム方面へ。段々踊りに出る人々の姿が。
おいでんまつり7(070728豊田市)

左上から時計回りに,
 ・背中に「乱舞」
 ・吹奏楽かな?の子どもたち
 ・特攻服風の衣装はよく見かけた
 ・スタジアムのゲートの前に集う人々

スタジアムの外には,受付とか救護所とか。
おいでんまつり8(070728豊田市)


ジュースやなんかも売ってた。
おいでんまつり9(070728豊田市)

何本か買った。飲まないと死ぬ。

更にゾロゾロと踊る人々が集い始める。
おいでんまつり10(070728豊田市)

左上から時計回りに,
 ・親子で出場ってとこも多くてほほえましい
 ・背中に「亀」「酔」……亀仙人のアレ?
 ・トレーにクリームソーダ載せたウェイトレス風衣装
 ・道路を横断するチャイナドレス

早くから練習に余念の無いチーム(連)も。
おいでんまつり11(070728豊田市)

ファイナル踊り1部が始まる前の段階で,一番気になっていたのがこの連。このフトモモ。熟女ばっかだったですよ。

「闘魂 プレス生技部」 トヨタさんかな?
おいでんまつり12(070728豊田市)


若い娘ばっかの撮影スタッフ。パワフルやのー。
おいでんまつり13(070728豊田市)


さあ,今からこの豊田大橋の上で闘いが始まるわけだ。
おいでんまつり14(070728豊田市)

Aコースで踊る人々は,だけどな。今回,知り合いが出るのがここ&どっかに腰を据えたかったので,9割9分の写真は橋のスタジアム側で撮ったもの。

じゃーAコースを通った連は全部撮ったのかっていうとそれも違う。1部で前半1時間,2部で最初の40分てところ。それでもかなりの数だけどね。

さっきの熟女連。がんばれ,みんな!
おいでんまつり15(070728豊田市)

次の記事は,14時からのおいでんファイナル踊り1部について書くつもり。

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ええ。
会社へは復活いたしましたのですよ,奥様(誰だよ)。

出勤して,定時内は勤め上げたが異様に疲れた。夏休みまで,あと2週間だよ!頑張らないと。

〔マツリの話〕
例年,金曜の夜から始まっていた「おいでんまつり」だが(“おいでん”は方言でイラッシャイとかキナサイとかいう意味),今年から土日のみ開催に変更。本日の帰宅時,中心街交通規制&渋滞のストレスはなかった。

新興の祭なので,ヨソモノにも参加はしやすい。自分は人ごみがダメなので避けて通っていたが。知り合いは,おいでんで意気投合して結婚した。最終日の花火で初デートをキメる少年少女も多いことであろー。

明日は交通規制の始まる前に,図書館と不在者投票へゴー!のつもり。会社の子が踊りに出ると言っていたので,顔見に行きたいけど体力が持つかどうか心配。祭の様子の写真も撮りたいんだけどな。迷っている。

〔クルマの話〕
パッソ君の色んなものを交換してきた。タイヤとオイルとエレメントと他にも色々。2年とか2万キロとか越えると,やっぱ色々劣化してきたりするのね。秋には車検だし。車検は2回は通したいと思っている。コンパクトカーでハイブリッドとか出てたら,次はそれにしたい。

〔ホンの話〕
タイヤとかの交換中にヒマだったので(GSの店員さんに全部やってもらったさ),近くの古書店へ行ってきた。「遊女と天皇」大和岩雄著ゲット。面白い。まだ半分も読めてないけど。しばらくは退屈しない。

ところで暑い。夜中でも涼しくならないんだもんなあ。せめて湿気がなければ楽なのにと思う。エアコンも程々にせんといかんしね……。

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また休んじゃった
明日こそ。明日こそ~~。

配津町の交通安全マスコット。あんま可愛くない……。
マスコット(070328豊田市)

そもそも何の動物なのか。前歯だと思えるものは茶色に塗られているし。

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休んじゃった
ちょっとダウン。明日は会社へ行けますように。

三谷町の路地(061216蒲郡市)

写真は,蒲郡の八劔神社付近の路地。スキマ大好き。「遠くへ行きたい」のテーマソングとか脳内で流れたりして。

散歩に行きたいなあ。

テーマ:(´・ω・`) - ジャンル:日記

早退
結局,夜はあんまり眠れなくてさ。朝起きたら気分悪くて少し吐いた(今日もお食事前後には向かない話です)。

普通に会社行って仕事してたけど,昼頃また吐き気がしてきたので早退。ビルを出る前にトイレで吐いた。何も食べてないのに吐くのは,吐き気に際限が無いみたいでちょっと怖い。胆汁まで出たし(逆流しやすい体質)。

横になったらやっと眠れたけど,頭がふわふわする。熱は37度くらい。ちょっと高め。

やっぱりコーヒーは,もうしばらく禁止にしたほうがいいのかな。胃が悪いんだったらだけど。なんだかんだと復帰がストレスで,一時的に胃炎を起こしてるだけならいいんだけどね。

はあ。お風呂入ったら,また寝よっと。

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月曜
昨夜きちんと眠れなかったせいもあるのだが,やはり月曜日というのはだるい一日だ。

自律神経だかホルモンだか知らないが,寝ていると急に暑くなって(体が火照る感じではない。汗が出る),目を覚ましてしまったりする。室温はほぼ一定でもだ。食事か,軽い運動でもした後みたいに。

おまけに昨夜(ってか今日)は地震があったじゃん。夜中の1時前。震度1もなかったみたいだけど,建物の微妙な一瞬の軋みで気付いてしまった。地震キライなので怖くてどうも。

うとうとしちゃあ,1時間おきくらいに目を覚ましていたので,眠った感じがしない。案の定,午後に一回,眩暈がしそうに強烈な眠気が来た。

明日はスッキリで出勤したい。早めに寝たら大丈夫だろうか。

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挙母神社〔5〕
豊田市挙母町の挙母神社の記事,5つめ。
(前の記事はこちら→

境内の石碑などについて。

「陶器市創設 三百年記念碑」
挙母神社64(070203豊田市)

記念じゃなくて紀念かも。んん?

芭蕉の句碑。別にここへ来たというわけではないみたい。
挙母神社65(070203豊田市)

句は“木のもとに 汁も鱠も 櫻かな”。句はこれだけど,表記はこれじゃない。一部漢字のところがある(に を 仁 とか)が,読みとれないのだ。

こういう立派なのは大抵戦争関係。
挙母神社66(070203豊田市)

「殉國戦士之碑」とあった。

「有隣軒守拙翁碑」? 自信無い。
挙母神社67(070203豊田市)


一番有名(?)な匂い桜の歌碑。
挙母神社68(070203豊田市)

「立帰り猶見てゆかむ佐久良花 衣の里ににほう盛りを」
これはこの表記であってると思う。境内に,香り高い桜があったそうな,という話。三河守左近中将将具が一二六五年に白河殿歌合せで詠んだとのこと。「豊田の史跡と文化財」より。

ハチの巣だよね,これ。
挙母神社69(070203豊田市)


「針塚」。しまった,ここにも神様が居た。
挙母神社70(070203豊田市)

「針塚/祭神 少彦名命・大己貴命・息長足姫命・神功皇后/針供養 二月八日」

針供養に何故この神々かというのも判らないんだけど(他の神様なら納得するかというと,そうでもない。そもそも針供養に神様が絡むなんて知らなかった),息長足姫命と神功皇后が並列に書かれてるように見えるのは何故だ?カッコが消えちゃっただけなのかな。

神名を書いた看板の後ろの石に「針納所……」と見えた。

「社務所改築……」 昭和五十年代らしい。
挙母神社71(070203豊田市)

江戸~明治の教育者,鵜沼教(うぬま おしえ)の碑もあったらしいのだが写真が無い。何故見落としたんだろう。

社殿の西側にも鳥居があった。
挙母神社72(070203豊田市)

国道248号からヒョイと入れるので,こっちから来る人も多い。クルマはダメだけどね。

社号標。「郷社 舉母神社」。(元)郷社だよ!
挙母神社73(070203豊田市)

たまに旧社格の高いところへ来ると興奮してしまう。え?無格社も村社も愛していますとも。

その鳥居をくぐったところにあるハゼノキ。
挙母神社74(070203豊田市)

名木指定193号。

鳥居の内外に居たにゃんこ。
挙母神社75(070203豊田市)

あと白いのが居た。もう大きくなってるだろうな。

多分親猫。
挙母神社76(070203豊田市)

耳だけこっち向いてるのは,カメラとかごそごそやって怪しかったからと思う。挙母神社さん,公式サイトの写真にも猫が写ってる。寛容だー。

……由緒の話だけ残っちゃった。大変だから後回しにした結果だけど。もう1記事で終わるかな。

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
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 ★訪問神社リスト【豊田市・挙母地区】

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挙母神社〔4〕
豊田市挙母町の挙母神社の記事,4つめ。
(前の記事はこちら→

子守薬師さんの話でもしましょうかね(もったいぶっているが,特別な知見を持っているとかそういうことは無い)。

挙母神社の鳥居をくぐって,ちょっと入って右手。元・手水舎?
挙母神社60(070203豊田市)


結構,お参りの方も居る。
挙母神社61(070203豊田市)


幟には「子守薬師如来」とある。
挙母神社62(070203豊田市)


「輝雲山瑞光院」
挙母神社63(070203豊田市)

何故本堂がこんな小屋かというと,平成12年12月11日の火事で焼けてしまったから。火事の顛末については,以下のサイトを参照されたし。火事で焼けた本堂とクスの写真が載っている。

[参照] 愛知県 有形民俗文化財 挙母祭り (ころもまつり) 豊田市
 左フレーム“▼ 2000年の模様”の下“15日”をクリック
 ※ここ数年の挙母祭りの写真・動画も満載なので,是非ご覧を。

また,豊田市郷土資料館発行の冊子によれば,
・出火は床下から
・本尊仏,(伝)行基作の阿弥陀如来座像が焼失

ご本尊が焼けたのは痛いな。行基って奈良時代の人だよ。ご住職は現在,どうしておられるのだろうかねえ。

ところで,挙母神社の住所は“挙母町5-1”,瑞光院の住所は“挙母町5-12”なので,正確には境内にあるというよりは隣接なのだと思う。仕切りは何も無いけど。瑞光院のほうも宗教法人として登録されているので,付属物というよりは別物である。

由緒の話など。例によって本から。

「豊田市史文化資料 社寺編〔1〕」
1 瑞光院/挙母町5丁目12番地(旧大字挙母字東浦)
本尊薬師仏 浄土宗輝雲山瑞光院薬師寺といい、小坂町洞泉寺末である。むかしから「ころも三社三薬師」の一つで子守薬師という。

縁起に「淳和天皇のとき天長年中(824~33)に行基作の薬師仏を奉安して創始された。その後、康安2年(1362)鈴木氏(善阿弥の後裔)によって再興されたが、元亀3年(1572)に火災にかかる云々」とある。

寛文2年(1662)に堂守慈詮が洞泉寺11世重行の助縁を得て中興した。また挙母藩主本多兵庫頭の中殿医吉田柳軒季恒〔寛延3年(1750)6月10日60才歿〕によって再建された。延宝9年(1681)9月12日に「小森薬師如来縁起」成る。この年月日に開帳法要が修行されたのであろう。延宝旧図に「大明神社内に薬師堂あり云々」とあり、また『挙母社寺』に「薬師堂東町云々」とある。

明治4年(1871)に額田県から廃寺を命ぜられたが、同12年(1879)7月に洞泉寺末となり瑞光院と公称復古した。大正3年(1914)に厳浄が本堂を再建して中興となり、昭和36年(1961)に禎寿尼が庫裡を改築した。

昭和17年(1942)3月31日宗教団体法の認可をえ、同20年(1945)12月28日宗教法人令による設立登記し、同28年(1953)12月19日宗教法人法による「宗教法人瑞光院」の設立認証をえ、同29年9月4日に設立登記した。


「豊田の史跡と文化財」(上とかぶらない部分を抜粋・要約)
・元亀三年(一五七二)火災にかかり、薬師堂は焼け、本尊薬師如来像も一部損傷。
・天正五年(一五七七)洞泉寺四世祖貞の助けで本尊および本堂を再興
・毎月の八日薬師には神社境内に市が立つ。

洞泉寺に度々助けられている様子。洞泉寺,名前しか知らないけど,京都の知恩院の直末だって。総本山と直接繋がってるのってスゴイのかなと思って(神社だとあまり驚かない。例えば,ちーさな稲荷社が伏見の稲荷を勧請しましたと名乗っていても)。

「ころも三社三薬師」ってさ。ころも三社=子守・毘森・勝手=挙母神社・毘森神社勝手神社(下林町)でOK?それぞれに薬師堂があったってことだろうか。確かに,下林の勝手神社には薬師堂の話があった。毘森神社にもあったっけか……。

今調べたら,「挙母記」というものに,“子守,勝手には薬師仏があるのに毘森には無い。おかしいじゃねーか,もしかしたら西町出口んとこにある長薬師って地名が名残?やっぱり三社とも薬師仏があってってことでいいのかな?”とかいう内容のことが書かれてあるようだ。毘森の薬師仏は今は無い(見つからない)ということで。

挙母神社の大クスの説明看板にあった,本尊がクスの下へ逃げて難を逃れたという火事の話が出てくるね(元亀三年のやつ)。でも結局(平成の火事で)焼けちゃったんだよなあ。(伝)行基作だもん,拝みたかった。

もう片付けに入ってたけど,今年の2月の八日薬師の様子。
挙母神社1(070208豊田市)


切花,服,干物など様々に売られるようだ。
挙母神社2(070208豊田市)


鉢植えもあったよ。自分は入口の屋台でタイヤキ買った。
挙母神社3(070208豊田市)

今度は夕方じゃなく,もっと早くに行こうと思う。

・輝雲山瑞光院薬師寺
【住所】愛知県豊田市挙母町5-12
【地図】いつもガイド

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
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週末だー。
週末だけど雨だー。明日は病院。明後日も雨だろうなー。神社行けないなー。

久々の連続一週間勤務は,長かったような短かったような。精神的には短め,身体はちょっとだけ辛いみたい。

先週から,コーヒーを飲んでも大丈夫になってきた。今週からはチョコレートを解禁。食べても気分悪くならない。嬉しい。ちゃんとおなかも空くようになって来たし。

資料の整理をしないと,本やらコピーやら,わけわかんなくなってきた。どうやって置いておいたら,出し入れも分類もうまくいくんだろう。お金をあまりかけずにさ。

神名のデータベースとして別ブログ……,いや多分書ききらない……,どうしよう……,というのを,ここ数日ぐるぐる考えている。アクセス数とかどうでもいいから,ここにだけリンク張ってパスワード掛けておこうかなとか。

データベース作るのって,めちゃくちゃ楽しいよね!コレクション感覚でさ。わくわくする。すっごく大変だし,大抵は途中で停まっちゃったりするんだけどね。うーん。どうしようかなー。

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操業停止?
ありゃー。新潟の影響がこんな風に出るとは。ありゃー。うちは部品メーカーだから,まだちょっと様子見みたいだけど(どっちみち,ぱそこんやCAD弄って仕事してる部門の自分らには,そういう突発の調整も何も無いのだが)。じゃあ明日はちょっと,道路がすくのかななどと違うことを考えてしまったり。

会社生活には大分慣れた。何とか身体もついていくものだなあ。前の復帰のときの辛さは何だったんだろう。まだロクに治ってないのに無理したからー,とかそういうことだったんだろうか。

でも,もうこの時間で眠いのね。夕飯食べると,目がショボショボなくらい眠くなる。横になっても寝つきは悪いし,どっかで必ず起きちゃうんだけど。

明日は,やることがびしっと決まってるので頑張ろう。金曜日だしさ(週休二日の勤務形態です)。神社の記事は……,まあボチボチ。

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挙母神社〔3〕
豊田市挙母町の挙母神社の記事,3つめ。
(前の記事はこちら→

神門?の前=神殿の手前まで来たので,いよいよ奥へ。あと境内社について書く。

神門?に向かって左手に,鳥居と門と狛犬さん。
挙母神社41(070203豊田市)

ここから,神門?の裏まで回れるのだ。

阿の狛さん。
挙母神社42(070203豊田市)


吽の狛さん。
挙母神社43(070203豊田市)

狛犬さんはこれで4対め。たくさんあるなー。「昭和四十七壬子歳」と彫ってあった。

これが門。「子守大明神」とある。奥に見えるのは境内社。
挙母神社44(070203豊田市)


境内社は置いといて,これが神門?の中央の真裏にある建物。
挙母神社45(070203豊田市)

この奥(向こう側)に本殿がある。じゃあこれは幣殿とかいうやつか?

幣殿?の屋根。
挙母神社46(070203豊田市)


奥の一帯は白壁で囲まれている。外から眺めると,こんな感じ。
挙母神社47(070203豊田市)

樹で見えにくいけれども,右端が本殿。その左が幣殿?とか言ってるやつ。

ナナメ後ろから見上げた本殿。
挙母神社48(070203豊田市)

千木は外削ぎ,鰹木は5本。

さて,境内社。複数あるので順番に。

上で書いた門を入ってすぐのところにある秋葉社。
挙母神社49(070203豊田市)

横の小さな看板に「秋葉社/祭神 火産霊命/祭日 十二月十五日」とあった。色んなものに説明がついててありがたい。

上の写真で幟が見えている天満宮。
挙母神社50(070203豊田市)

「天満宮/祭神 菅原道眞之神/祭日 五月二十五日」とあった。幟には「学問守護 子守天満宮」

木鼻。このニヤケた目は獏じゃなくて象さんと思う。
挙母神社51(070203豊田市)


向かいに居た牛さん。撫で牛なのかな?
挙母神社52(070203豊田市)


幣殿?を挟んで反対側にある2社。
挙母神社53(070203豊田市)

向かって左の小さめのが金比羅社。右が御鍬社。それぞれ「金比羅社/祭神 大物主命/祭日 四月二十二日」 「御鍬社/祭神 豊受比賣大神/祭日 四月二十六日」

境内入口の大鳥居をくぐってすぐ左の津島社。
挙母神社54(070203豊田市)

どういうわけで,こんな真正面を塞ぐような常夜燈の置き方になったんでござんしょう?

「津島社/祭神 建速須佐之男命・櫛稲田比賣命/祭日 六月十五日」とあった。常夜燈には「明治三十五年十一月建之」

社務所に向かって右のお隣。子守稲荷社。
挙母神社55(070203豊田市)


稲荷さんといえば,やはり連なった赤い鳥居ですかネ。
挙母神社56(070203豊田市)


阿の狐さん。
挙母神社57(070203豊田市)


吽の狐さん。
挙母神社58(070203豊田市)

なかなかによいお顔ではないですか?「平和日本復興記念」 「昭和二十三年三月建之」 戦後すぐですな。

稲荷さんのお社。
挙母神社59(070203豊田市)

千木は外削ぎ,鰹木は3本。身を低めるようにして赤い鳥居のトンネルを抜ると,別世界へ来てしまったような感じ。この色彩。

鳥居の手前に看板があった。

子守稲荷の御祭神及び由来
     のぼりの御奉賛について

一、御祭神
宇迦之御魂大神〔稲霊神即ち米の神様〕
佐田彦大神〔猿田彦大神の別名〕
大宮能売大神〔天鈿女命の別名・芸能の祖神〕

一、御神徳
主祭神であります宇迦之御魂はもともと米の神様として信仰されていましたが世の中が進み特に商業が盛んになると農業の神様から商売繁盛の神或は家運隆昌の屋敷神としても広く武家屋敷・町屋の随所にお祀りされるようになりました。

一、由来
この稲荷が何時、どのような経緯で此処にお祀りされたのかは明らかではありませんが、今回出て参りました棟札によりますと昭和十五年五月に覆殿が造られたとありますので古くから小洞が祀られていたものと思われます。
御祭神は京都の伏見稲荷と同じであります。従って例祭日も、伏見稲荷の祭神を初めて御祀りした日にちなんで旧二月の初午の日であります。

一、のぼりの御奉賛の受付は一旗二、〇〇〇円にて承っております
御奉賛の方は社務所までお申し付け下さい。


社殿のすぐ横にあった看板には,「稲荷社/祭神 宇迦之御魂大神・猿田彦大神・大宮能賣大神/祭日 旧二月初午」とあった。同一神社内で表記が揃ってないのにも,もう慣れてきたな(よくあるの)。

しかしオオミヤノメとアメノウズメが同一神とな?巫女系だってこと以外に共通点があったかいな?うーん。

境内社,とりあえず以上です。残った写真は,子守薬師さんと石碑とその他。あと2記事くらいで終わるかな。挙母神社さん本体の由緒の話を全然書いてないしね(公式サイトにも載ってるんだけど一応ね)。

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
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混雑
やーもう,クルマも混んでたけどネットも。

家に帰ってきたら20時。こんな時間から画像のアップロードをしようったってエラーしか出やしない。

今日も神社の記事は難しいかなあ。復職した以上,あまり夜更かしも出来ないしね。どうもね。

おっ,九州はそろそろ梅雨明けですか(ラジオでやってた)。こっちは来週かな。今週末の天気はどうなんだろ。ちょっと出掛けたいんだけどー。

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息切れ
会社に通うのもだけど,神社の記事書くのもなかなか大変です。なーにしろ,判らないことがいっぱいだからね!

ちょっと息切れ気味なので,今日は神社の記事お休み。ゆっくり寝ます。無茶苦茶眠いん……。

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挙母神社〔2〕
豊田市挙母町の挙母神社の記事,2つめ(前の記事はこちら)。

手水舎まで来たので,次は拝殿のあたり。

燈篭と狛犬さんと拝殿。多分拝殿。
挙母神社21(070203豊田市)

挙母神社さんの公式サイトに,神殿の南に神輿殿と拝殿があって,拝殿では神楽や巫女舞をしますよ……という趣旨のことが書かれてある。舞えそうなのがこの建物なので,拝殿と判断。

狛犬さん。うーん。ペアではうまく写せなかった。
挙母神社22(070203豊田市)


阿の狛さん。前足の間に子どもちゃん。
挙母神社23(070203豊田市)


吽の狛さん。こちらも子どもが居る。
挙母神社24(070203豊田市)

燈篭の脇に説明板があった。

子守(子だき)狛犬のいわれ

当挙母神社は明治の始めまで子守大明神と稱えられ子供を守って下さる神様として信仰があつくごりやくの深い神社であります。
この度挙母神社の崇敬者代表倉知桂太郎氏により子守りにちなみ子守(子だき)狛犬の奉納を受け昭和六十三年十二月ここに建立したものである。

 平成元年一月 挙母神社


子守大明神さんだからということで,狙って造られたのね。でも両方子抱きって珍しくないかな?倉知さんのお名前は,出すかどうか迷ったんだけど,豊田市の名誉市民の方なので,有名人ってことでいいかなと。

拝殿の天井辺りには,奉納された額がたくさん。
挙母神社25(070203豊田市)


五円玉で描かれた「奉納」
挙母神社26(070203豊田市)


樹に巻きついた蛇さん。
挙母神社27(070203豊田市)

右に見える「生開・5生……」というのは,恐らくトヨタさんの一部署だね。交通安全の額(これも五円玉っぽかった)。職場でこういうの奉納するのっていいなあ。

神輿殿。多分。
挙母神社28(070203豊田市)

左に見える屋根の一部は拝殿の,右奥の額のついたのが,神殿前の,えーと,神門でいいのかな。神門?の奥に見える三角の破風が,本殿じゃなくて,その手前の……,何だろ。困ったね,全然わかんなくて。

神輿殿?の屋根の下側。鳥避けか何かの網。
挙母神社29(070203豊田市)


この木鼻(網の下のくるくる)好きなんだけどピンボケた。
挙母神社30(070203豊田市)


神輿殿?の瓦。一文字見えるけど読めん。
挙母神社31(070203豊田市)


神輿殿?越しに神門?(ハテナばっかでわけわからんね)
挙母神社32(070203豊田市)

このように,神輿殿?越しだと柵に遮られてろくに見えない。

かといって,神輿殿の向こうへ回ると全体が写らない。
挙母神社33(070203豊田市)

額には「子守大明神」とある。

神門?の全体を写すには,こうだ!
挙母神社34(070203豊田市)

うーん。ナナメな上に,手前に自動車祓所があるので,うーん。

阿の狛さん。目玉ぎょろん。舌べろん。
挙母神社35(070203豊田市)


吽の狛さんもギョロン。可愛過ぎる。
挙母神社36(070203豊田市)

写真を縦に引き伸ばしたように見えるかもしれないけど,加工はしてないよ?大正十一年十二月奉納。「石力刻」とあった。石匠さんのお名前(号)かな。

このギョロ目さんは,樹木神社(樹木町)若宮八幡社(若宮町)貴船神社(東保見町)の狛さんたちと同じ系統かな。

神門?の奥に左三つ巴の紋入りの幕。
挙母神社37(070203豊田市)

挙母神社のご神紋は左三つ巴(であるはず)。門の向こうへも回れるんだけど,それは後で。

神門?の手前の「子守宮御託宣」
挙母神社38(070203豊田市)

子守宮御託宣

不知三災七難
不犯咒咀毒氣
一度帰依値遇
必得子孫福智


“三災七難”とか“帰依”とか,仏教っぽい。下の細かい字は,本殿と拝殿の再建について書かれてあるらしいんだけど,写真からでは読みきれなかった。また読みに行ってくる。

その隣。「自動車祓所」
挙母神社39(070203豊田市)

ここでお祓いをお願いすると,このように白木の台と大麻(オオヌサ)が用意されて(撮影の直前に巫女さんが持ってきた),

クルマを中まで入れさせてもらえる。
挙母神社40(070203豊田市)

写真は,左が神輿殿,右が拝殿(神輿殿,拝殿は先の記述の通り推測)。この後のお祓いの様子は見てこなかった。

よーし,神殿の手前まで届いたぞ。あとは本殿のほうと,境内社と,薬師さんと,境内の歌碑とか色々(先は長いぜ)。

挙母神社さんの記事,まだまだ続きます。

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
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挙母神社〔1〕
豊田市挙母町の挙母神社。写真が多いので,数記事に別けて書く。
(地元の人以外には,挙母って難読かな。コロモです)

撮影してきた写真が100枚を越えた上に,盛りだくさんな神社さんなので,なかなか書けずにいた。いざ書き始めてみたが,かなり不安。どうなることやら。

とりあえず,入り口の辺りから始めてみる。

どーん。節分の日だったせいか大人気。
挙母神社1(070203豊田市)

厄年の境目が節分(立春)だからかな。厄除けの方と,赤ちゃんを抱いたご夫婦と,もう普段のお参りの方と,引っ切り無しに人やクルマが出入りしていた。

地元では,“子守さん”と呼んでるとのこと(by 奥さんの実家が近所にあるという,自分と同じ会社の係長さん)。本にも“お子守さん”という呼称が書かれてあった(何の本か忘れた)。

「挙母神社」と改称されたのが明治に入ってから。それまでは「子守大明神」だったということなので,その名残だと思う。

社号標には「擧母神社」。いつの建立か見てくるの忘れた。
挙母神社2(070203豊田市)

隣に由緒書きがあるけど,中身については後日。

「二月の祭儀」「平成19年厄祓御祈祷案内」
挙母神社3(070203豊田市)

そういや,厄払いってやってもらったことないなあ。ご祈祷の記憶があるのは七五三くらいか。

愛知縣のベカラズ集。明治二拾九年七月とある。
挙母神社4(070203豊田市)


神馬さん。逆光だなあ。
挙母神社5(070203豊田市)


もういっちょ。背中に布らしきものを載せている……。
挙母神社6(070203豊田市)

ハッ!衣!?(挙母表記は近代になってから)
……とか今ヒラメイタのだが,真相は不明。

【20070802】あのヒラヒラは,紋の入ったハラマキの結び目。そういう神馬は挙母神社以外でも見てるのに,何をボケていたのか。

鳥居。デカイ。手前に狛犬さん。
挙母神社7(070203豊田市)


脇にあった「大鳥居改修の碑」
挙母神社8(070203豊田市)

昭和二年大鳥居を建立す
昭和三十四年九月二十六日伊勢湾台風の直撃を受け境内樹木百五十本余倒れる
山門を大破此の大鳥居も倒木により地上に落ち、笠木が折れる。その後応急措置として金具にて継ぎ補修した。以来四十年余の歳月を経過老朽化が進み、改修が必要となった。
平成十年十一月吉日 笠木の取かえをする


鳥居の手前,阿の狛さん。
挙母神社9(070203豊田市)


同じく,吽の狛さん。
挙母神社10(070203豊田市)

両方ともオスだった。このタイプの狛犬さんには付ける決まりなんだろうか。桝塚西町の津島神社のとか。

やっと大鳥居を潜ります。
挙母神社11(070203豊田市)


広い境内。
挙母神社12(070203豊田市)


手水舎。
挙母神社13(070203豊田市)


彫りが綺麗。
挙母神社14(070203豊田市)

「めぐりや」の千社札シールが笑えた。トヨタ自動車生協の地域発展版であるところのメグリアさんのだと思うが。

竜はちょっと受け口。
挙母神社15(070203豊田市)


社務所。
挙母神社16(070203豊田市)


ご祈祷の依頼が次々と。
挙母神社17(070203豊田市)

自分がお守りをいただいたときは,女性の神職さんが窓口にいらした。「写真撮ってもいいですか?」と尋ねたら,一瞬身構える気配。慌てて「境内の」と付け加えた。女性神職狙いのカメコも居るみたいじゃからのう。

社務所の屋根でひなたぼっこのハト。
挙母神社18(070203豊田市)


手水舎の手前にあった巨大なクス。
挙母神社19(070203豊田市)


めっさ見上げてる子ども。
挙母神社20(070203豊田市)

可愛い。看板によると,

豊田市指定第五号天然記念物 挙母神社のクス

根廻り 九・五メートル
目通り 六・五メートル
樹 高 約二十五メートル
樹 令 推定六五〇年

 元亀三年(一五七二年)の昔 瑞光院が火災のときに薬師如来がこのクスの木の下に難をさけられたという伝説があります

          豊田市教育委員会


しかし瑞光院は平成の火災でご本尊もろとも焼け落ち,この大クスも半分くらい燃えているのだ。薬師さん(瑞光院)は未だに仮の建屋。その話は別の記事にて。

ああっ,拝殿までも届かなかった(写真は1記事に20枚程度と決めているので)。ううん。とにかく,挙母神社の記事はまだまだ続く予定。あと3~4記事かかるかなー。

・挙母神社
【住所】愛知県豊田市挙母町5丁目1番地
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・挙母地区】

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痒いやら鼻詰まるやら
昨日から皮膚の柔らかいところに蕁麻疹らしきものが。とにかく赤くなる。掻くと熱を持って腫れる。うにゅー。夜はあちこち痒くて途中で起きた。

雨の中,図書館へ行って帰ってくると,今度は鼻が詰まる。服用後のあまりの眠さのため封印していた市販の抗ヒスタミン薬を掘り起こして飲んだら治った。まだちょっと,空気の通りが悪いけど。皮膚も赤いし。

台風のせいか,何だか落ち着かない。気圧の変化が生き物に及ぼす影響って研究されてるのかな?月の満ち欠けで精神状態がナントカっていう話はよく聞くけどね(満月の日は事故や出産が多いだの少ないだの)。とにかくザワザワした気分。不安なだけかもしれんけど。

明日は出かけるどころじゃないのかなあ。東海地方には,明日の午前中に最接近らしい。眠くなる薬も飲んじゃったことだし,寝ていればいいのか……。ヒマなら神社の記事を書けといわれそうだけど,気が乗ったら書きますです,ハイ。

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復帰一日目
復帰するとか言い出すから変な時期に台風が。……などという不謹慎ジョークは置いておいて,何とか1日目クリア。荷物の整理とメールチェックと(1500件以上溜まってた),ちょっと仕事の話をしただけだけど。

随分のんびりと過ごしてしまった。少し給料泥棒。徐々に頑張るから許してね。

元気になり次第,海外が待っているそうなので(長期出向は無いみたいだけど),徐々に足場を固めつつ,月イチの通院をもっと間遠にしていきたいところ。

台風ね。昨日の短期集中豪雨も凄かったけど,またひどくなるのかな。図書館は明日のうちに行っておいたほうがいいかな。日曜の朝に大接近らしいからさ。

折角の三連休なのにね。あ,自分は月曜も仕事ですけどね。どっか崩れてませんように。

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相互リンク記念 「神社めぐりのようなもの」様
またまた!当ブログに相互リンク先様ができました。

神社めぐりのようなもの様です。

神社めぐりのようなもの様キャプチャ


URL:http://jinjameguri.blog93.fc2.com/
管理人:トト 様

東京の神社めぐりをされています(範囲は今後広がるかもです)。

東京の神社です。“都会のことはオラわかんねえべ”と思っていたら,自分のような田舎もんでも聞いたことあるような神社がバンバン出てきます。花園神社とか乃木神社,明治神宮などなどなど。これは嬉しい。

目標は,御祭神百柱を参拝されることだそうです。百柱って意外と難しいと思います。例えば自分,紹介してないところも含めて80社くらいお参りしましたけど,人気のある神様はあちこちで祀られてますので,被ってることが凄く多いのです。

■ 戦没者の方をお祀りしてあるところは別格にされてるそうです。悲しい話ですが,すぐに何万柱と数えられてしまいますもんね。
惣社(総社)も禁じ手?ドウデショ。


神社の記事以外にもオススメがあります。落語,映画,プロレス他スポーツなど盛りだくさんなのですが,イチオシはグルメ。召し上がったものの写真を見ているとおなかが空きます。とても。料理の写真をうまく撮れるのって才能ですよね。

今回は無断リンク判明によるアレではなく,トトさんにコメントいただいたのをきっかけにして,こちらからリンクのお願いをしました。快諾の上,相互にしていただいたという次第です。うふ。

トトさん,今後ともよろしくお願いいたします。

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神明社
豊田市上郷町の神明社。

3月末に行ったのだが,この日の神社巡りは病人には酷であった。神明社は最後のほうでお参りしたので,かなりへろんへろん。しばらく境内で座り込んでしまった。

足を引き摺りながら橋を渡っていくと,こんな光景が。
神明社1(070328豊田市)

幟がはためいてると綺麗だろうね。

社号標には「神明社」。
神明社2(070328豊田市)


鳥居から社殿。参道はまっすぐ伸びているが
神明社3(070328豊田市)


社殿に対してはナナメ。このように。
神明社4(070328豊田市)


阿の狛さん。
神明社5(070328豊田市)


吽の狛さん。
神明社6(070328豊田市)

昭和六年九月奉納。

拝殿の額。こういう四角くないのもいいよね。
神明社7(070328豊田市)

左下,大正十四年一月と読める。

拝殿の飾り彫りというか(名称がわからん)
神明社8(070328豊田市)


拝殿の側面。こちらも綺麗。
神明社9(070328豊田市)


右奥が本殿。
神明社10(070328豊田市)

千木は内削ぎ,鰹木は6本。

社殿に向かって右奥の境内社(入り覆い屋)。
神明社11(070328豊田市)


向かって左から,小さいのが三社?
神明社12(070328豊田市)


真ん中に大きいの。「正一位」が見えるから秋葉様?
神明社13(070328豊田市)


右にもう一社。
神明社14(070328豊田市)

素性は全然わからない。

社殿に向かって左の境内社?
神明社15(070328豊田市)


中には蝋燭が。ええと……(不明)。
神明社16(070328豊田市)


社殿に向かって左手前の社務所?
神明社17(070328豊田市)

よく見ると,左端の屋根の下に水盤が。右奥の戸袋の下辺りが,ちょっと休ませていただいた場所。足が痛くて。

何か咲いてた。
神明社18(070328豊田市)

境内に説明は無かったので,いつもの如く本から。

「豊田市史10」
地区:上郷町御所名残160/社名:神明社/祭神:大日孁貴命 猿田彦命/創建:不明/祭日:10月10日/由緒:上郷町上切(旧上野上村)の氏神 上野城主戸田氏の創建

「上郷町誌」
神明社 13級社(旧無格社)/鎮座地:豊田市大字上野字御所名残160番地/祭神:大日孁貴命,猿田彦命/例祭日:8月25日/由緒:創立年代は不詳,往古当地の船底山と称する所に戸田三条家の庶流戸田道配の古城があった。戸田氏はこの地に本神社を創建して氏神として奉斎したのがその後には当部落(旧称上村)の氏神として崇敬されている。
※ 元の本ではオオヒルメの孁の字が,[雨かんむりに要] に見える(悉く印刷がかすれていてよく見えないのだが)。

「碧海郡神社写真帖」
上郷村大字上野字御所名殘鎮座/無格社 神明社/御祭神:大日孁貴命 猿田彦命/例祭日:八月廿五日

ご祭神はオオヒルメ+サルタヒコ。この辺の人ってサルタヒコさん好きなのかなあ。例祭日が8/25から10/10になったのは何だろ。体育の日だし(今は違うが)休みだし,晴れの特異日だし?

創建は戸田氏によると書いてある。えーっと。戸田氏(困ったときのWikipediaだが信者ではないつもり。項によっては偏った思想や自説が入っとるで気をつけんとね)。

読んだけどピンと来ない。家康みたいに身近に感じられないというか。正親町三条家だの清和源氏だの,血筋は凄そうな感じ。追々勉強しようっと。

「上郷風土記」(以下,要約)
・東山国長親王が隣松寺に誅せられていた時,承和三年(836年)に高台に楼閣を築いた。名を観潮台,俗に上野御所と称した。秋の月が美しく見える場所で,都人もようけ来て,代々の領主も歌など残している。
・親王薨去で隣松寺草建(※ 詳細は隣松寺の記事参照)
・薨去後,観潮台は観潮山栄昌寺と名付けられた(天台宗。貴族がよく遊びに来たとのこと)
・仁和四年(888年),宇多天皇の勅により,隣松寺に七堂伽藍を造営。この際,栄昌寺の一部を移転。
・栄昌寺移転後,残されたのが船底神社,今の神明社である。
・今ある誓願寺は栄昌寺の属院であり,当時は清流院と称した。

一旦切る。東山親王て誰?という話を隣松寺の記事でしたけれども(未だに判らん。中央の記録と繋がらない),神明社の住所は上郷町御所名残,誓願寺の山号は御所山である。やんごとなきお方が居られたのは事実か。

移転時に残ったのが神社というところがよく判らないのだが,鎮守だったのかな。なんで残したんだろうとか。

「上郷風土記」続き(以下,要約)
・戸田宗光が応仁二年(1468年),京都がエライコト(応仁の乱のことかなあ)なので近江国→尾張海東郡戸田郷(海東郡は今の海部郡のあたり)→碧海郡上野庄まで来て清流院(誓願寺)に仮宿した。
・で,宗光は上野城を築城するわけだが,船底神社(神明社)が荒廃しているのでこれも修理改築した。
・城の完成後,城北,乾の守護として崇敬した。

戸田氏が建てたというのは,この後半の事跡からだろうと思う。しかし,荒廃しているにしろ,東山親王絡みで痕跡くらいはあったと。どっちを取るかで600年くらい違っちゃうね。

上郷コミュニティーセンター歴史探訪ページも参照。

地図を見ると,確かに上野城址(上郷護国神社のあるところ)の北北西にあるんだよね,この神明社。北や乾って特に守るべき方角なの?(そっちの勉強もしなきゃダメ?)

戸田一族の墓所が誓願寺にあるんだって。誓願寺,横を通ったんだけど,入り口にあった常夜燈だけ写真撮って帰ってきちゃった。そういえば石仏も何体かあった気がするので,また行って来ようと思う。

・神明社
【住所】愛知県豊田市上郷町御所名残160
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・上郷地区】

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今度こそ
本日はプレ復職可否診断。明日が本番。先週ハズシたので,今度こそな気分。うまくいけば,今週末か来週アタマから復職。

このまま怠け生活に慣れちゃって,病気と別の意味で社会復帰できないんじゃないかと一時期心配だったのだけれども,そうでもなかった。何かやりたくてウズウズする。まあ,復帰してからも,そういい続けられるかどうかは保証できないけど。あはは。

戻る先が新しくできた部署だから,何が使命なのかもイマイチ掴み切れんのだけど。行ったらまず部の方針とか確認しなきゃだな。

最初の1日は,メールチェックで終わってしまうと思う。誰かからの連絡というよりは,情報系の配信サービスにいくつか登録しているので,その内容確認。ああ半年分。ボックスがパンクしてるだろうなあ。多分千件越え。

昨日あたりから水分の排出が悪くて,今朝起きたら顔が丸い。弱った胃には刺激が強いからコーヒー断ちをしてたんだけど,解禁にして利尿作用に頼ってみようかな。鼻と目は相変わらずカユイ。花粉症だとすると,この時期はイネ科植物?

もう何だか,次々と新しい症状が出て来るので笑うしか無いがな。しかもショボイ症状。ドカンと来られても困るけどさ,小さな錘を一つ一つ,身体に括りつけられてるみたいでウザったい。

復帰したらすぐ夏休みだな。とりあえず,そこまで頑張ろう。

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眠い
抗アレルギーの薬はよく効いたけれども,やたら眠い。日中飲むと危険かも。寝る前だけにしようかな。

今日は一日雨みたいだね。どこへ出かけようかなあ。図書館あたりでおとなしくしてるのがいいか。どっかの資料館へシケ込むとか。

上野の国立科学博物館へ行きたいなあとフと思った。ミイラはもう無いらしいね(女性のミイラに前貼りがしてあって,子ども心にナンダカナーって感じだった20年以上前)。干し首はどうなったんだろう。近頃は展示もハイテク化してるんだろうか。

国立博物館も,今行けば少しはわかるのかな?ミュージアムショップから動けなくなりそうで怖いけど。前行った時は工事中で半分も見られなかったなあ。

多分この夏で貯金が尽きる(半年も休めばねー。保険で少し帰ってくるけど)ので,またいくらか溜まったら行きたいと思う。憧れの上野~。

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風邪?
何か鼻が詰まる。目も痒いので,風邪じゃなくてアレルギーかもしれないけど。

鼻詰まりは,眠れなくなるのでヤダね。風邪薬切らしちゃった。明日,目薬と一緒に買いに行こう。

学生時代に買った高橋鐵の「日本の神話」を読み返していた。副題が,“性のユートピアを求めて”。うんうん。高橋先生は,セクソロジストでフロイディアンじゃからのう。ちょっとでも記紀をさらってから読むと,受ける印象も違うもんだなと思った。最初の刊行が四十年前(自分が持っているのは10年前に出た文庫版)なので,今時の本では取り繕って(?)書いてないようなことが出てきて面白い。

……横になると鼻が詰まるのでどうも辛い。座ったままじゃ寝られんしな。どうしてくれようか。

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神社巡り覚え書(7/7)
巡ると言うても1社だけ。猿投神社へ行ってきた。

切実に体調不良にムカついてきたので,お守りをいただいてこようと思って。いつもはお参りしてもお願い事はしないんだけど。今日もそういえば,神前でお願いするのは忘れてきた。

何か神様の前に立つと頭真っ白になるのだ。お守りはゲット。病気平癒御守て書いてある。良くなるといいな。

どうせなら西宮と東宮も一緒にお参りしたい,でも体力が持たんわなあ(山の上のほうにある)と思って,今まで行ってなかったのだ。運転免許取りたての頃に,交通安全のお守りを買いには行ったんだけどね。それ以来。

登山が出来るのはいつのことかいなあ(健常人なら5~6時間くらいの遊歩道らしいけど)。

西宮・東宮以外は,バスでもお参りできるよ。
猿投神社前バス停(070707豊田市)

 

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今日は出かける
出かけると宣言して追い詰めておかないと,腰が上がらないときがあるので書いてみた。出かけます。ええ。

昨日は体温が朝イチで37度近かったので,動くのをやめた。案の定,午後になって気分が悪くなったので,早めに横になって,さっきまで寝ていた。今日は多分,いいんじゃないかと決め付けて,検温無しでいくつもり。少しでも高めだと,大したこと無くても気力を削がれるから。

かといってアテがあるわけでもないなあ。本屋と薬局へは行きたいけど。まあいいや,とにかく日には当らないとね,雨降ってるけどね。

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