3つ並んでいる。

一番右。瓦葺き。

屋根に卍マーク。

中の石仏。

立て膝,頬杖,一面六臂,足の裏を合わせた座り方,右手胸元の宝珠,左手の輪などで必死で調べたところ,どうも如意輪観音であるらしい。失礼な物言いかもしれないが,色っぽい像だ。
真ん中のお堂。これも瓦葺き。

屋根には「水」の文字。火伏せだな。

左三つ巴の周りに丸が十二個。よく見るけどこういう紋?丸は飾り?
中の石仏。

右の手の平をこちらへ向けて下へ,左手に蓮の花瓶などと,これも必死で調べた。聖観音のようだ。
一番左のお堂。銅葺き?

中のお社。

千木は外削ぎ?鰹木は5本。
横に張ってあった由緒書き。

書き写しておく。人名がところどころに出てくるが,恐らく関係者かご本人が今もお住まいのはずなので伏字にした。
津嶋神社のいわれ
そもそも当津嶋神社は 明治四十年頃 大字挙母字相生辺りに発生した赤痢伝染病がだんだん北上し我が常盤町へと侵入してきたので、時の先輩○○○○、○○○○、○○○○○の各氏が中心となり防衛策として 津嶋神社(お天王さん)を祭りしにご利益たちまち病が撲滅したと伝え聞く、又、昭和四年にもチフスが蔓延して組内で○○○○、○○○○両氏が死亡し、挙母町内で四十四人が隔離病院に入院された事もある。また昭和五十七年頃より組内で次々と各種の病気が発生し 幾人かが死亡し 現在に至っている。
そこでまず○○○、○○○○○、○○○○が発議し、上組十二戸が中心となり、時の評議員○○○○の呼びかけに三十四名の賛成調印でその寄附金により大晦日間近い十二月三〇日○○金光教支部長の厳なる遷座式を挙行、私達は今後 家内安全 無病息災を祈願しつつ 当お津嶋さんが永久にに(※原文ママ)お守り下さる事を信じ続けていきたいものであります。/昭和五十七年十二月三十日
金光教,常盤町内に教会がある。
こうやって,地域で守られてる小さなお堂やお社ってたくさんあるんだろうな。ここも花や榊が真新しくて,頻繁にきれいにしてもらってることが窺えた。
・お堂(恐らく如意輪観音と聖観音)
・津嶋神社
【住所】愛知県豊田市常盤町2丁目
【地図】いつもガイド
■関連■
★訪問神社リスト【豊田市・挙母地区】
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