ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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社口社
豊田市畝部東町の社口社。読みはシャグチでいいのだろうな?

愛知県神社庁に登録されている神社の中で,社口とつくところは3社。全て豊田市の上郷地区にある。だから,この辺りに誰かが居たんじゃないかと思う。どういう誰かかはよう書かんけど(社名だけじゃなくて,ご祭神で追わなきゃいけないんだろうけど,まだ無理なんで追々)。

鳥居は無い。いきなり狛犬さんと社殿。
社口社1(070328豊田市)

右手前の遊具のところでは小さな子,社殿の周りでは大きな子たちがおおはしゃぎで遊んでいた。赤ちゃんを抱っこしたお母さんも。

手水舎。
社口社2(070328豊田市)


阿の狛さん。
社口社3(070328豊田市)


吽の狛さん。
社口社4(070328豊田市)

昭和六年十月と読めたと思う。

拝殿から本殿。
社口社5(070328豊田市)


道を挟んで向かいから一枚。
社口社6(070328豊田市)

拝殿のところに宮司さんのお名前と連絡先が貼ってあったのだけれども,これが広美町の日吉神社の貼り紙と同じ方。この日,あちこちの神社でお名前を拝見した。手広く兼務されて居るのだろうなあ。

辺りには社名すら書いてなかったので,ここがまず社口社だというのは,地図や住所や本や,色々なものから行きついた結果である。その他のデータも,本から拾うことになる。

「豊田市史10」
社名:社口社/祭神:石上神/創建:不明/祭日:7月16日。

「上郷町誌」
社口社 14級社/(祭神,創建,祭日は上に同じ)/社殿:権現形造り,神殿1坪5合,幣殿3坪,拝殿6坪/境内地:177坪,境内神社があり天照皇太神が祀ってある。

「碧海郡神社写真帖」
・現在の社殿は白塗り・ガラス戸・銅葺きだが,戦前の写真では木目そのままで瓦葺き(権現形かどうかはよくわからない)。
・狛犬の黒目と奉献の文字は黒く塗ってあった模様。
・社名,ご祭神,祭日は上の2つに同じ。

「上郷風土記」
・色々書いてあるが,何を根拠に社口社と繋げているのか不明。足利尾張守泰氏の孫,頼遠が京都八坂より牛頭天王を請願(原文ママ。請願て言い方もするの?)したのが始まりじゃないの,という話。
・牛頭天王→石上神への変化については,「足利氏の全盛期、各所に牛頭天王を祭祀されし時代があったのであるが、足利市の衰亡と同時に徳川の中期より植産開発(原文ママ。殖産じゃないのか)に重きを置き、当時一般民間信仰であった石上神に移祭されしものならんか」としている。

社殿については,「上郷町誌(S41)」の出た後で建て直されて,境内社も中にあるんじゃないかなあと勝手に想像。

「上郷風土記」に色々変なところが多いのは,昭和25~29の新聞連載を,昭和も末期になって本に纏めたときに,誤植や調査不足をやったからだと思う。文章は連載時のまま,挿入写真は新しい時代のもの。建て替えどころか移転があっても注釈は一切入らず,住所の表記も(これは移転関係なく)新旧取り混ぜてイイカゲンである。

元の筆者の記述については文句は無いので内容に話を戻すと“当時一般民間信仰であった石上神”って気になるな。

石上神=イソノカミノカミ=石上神宮の神様=布都御魂大神と判断しちゃいけないのだろうか。フツノミタマ!物部氏!とか,また勝手に喜んでいたのだけど,民間信仰?フツノミタマかその一面が民間信仰されていたのか,そもそもこの神はフツノミタマとは違う(読みも違う?)のか。

ちなみに,豊田市畝部西町や永覚町の社口社のご祭神は猿田彦神らしい。畝部西町のほうは,ここも石上神と「上郷風土記」には書いてあって,“我が国神道の最も古いと言われて居る造形信仰の石上神”という記述が見える。

フツノミタマの性質をよく知らない(辞典に書いてあるような内容はともかく)のでちょっと置いて,石で古い信仰でというと,塞の神・道祖神としてのサルタヒコとは繋がるところがあるような。

サルタヒコ=金精様=男根信仰でツルギとも繋がるか?(違う気がするぞー)

大御所神奈備さんにミシヤグチ神、御社宮司社、御射山社、社宮社の一覧というページがある。今見たら,ちゃんと豊田市の社口社も載ってるね。流石だなあ。畝部東町の社口社は「布都御魂神」。ソースは何だろう。自分の周りにある資料には,みんな「石上神」って書いてあるから,それ以外の情報源なんだろうなあ。

上で紹介されてる「神社を中心としたる宝飯郡史」は図書館にある(確か帯出禁止)。あとは柳田の「石神問答」?これは知らなんだ。探してみよう。

もう一つ。「豊田市史10」の後ろのほうに,石仏だの燈篭だのの図版集がくっついているのだが,そこからの情報。社口神として石祠,石碑がいくつか紹介されている。抜粋,要約すると,
・市内では最も古い神だが由来不明。
・古老の伝承によれば
(1)村開拓の守り神
(2)古来から村境を守る神
(3)氏神の入口の神
(4)村の草分けの家の守り神 etc.
・表記:沙口・社口・社宮司・社愚子

これも道祖神・塞の神系だよね?そうすると,最初思ってたフツノミタマ説だけ浮いてる気がする。ツルギの神だってこと以外把握できていないから,そう思えるだけなのかなあ。

豊田市内の他2社も参拝済みなので,近いうちに記事にしようと思う。何やら判らん過ぎる。落ち着かん。

・社口社
【住所】愛知県豊田市畝部東町長乱43
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・上郷地区】

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

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