「田尻神社」。一の鳥居。

同じく一の鳥居。蒲郡の神社は,境内の樹が松のことが多い?

西三河の神社だと,クスとか広葉樹が多くないかな。松である事情が,文化なのか気候(海沿い)なのかはわからない。
二の鳥居。社殿は参道に対して,ちょっと傾いている。

いきなりキュッと急な階段。周囲の石垣は結構立派。

狛犬さんと拝殿。

右に見えるのが若宮神社の拝殿。左に見える鳥居は,表通りからの階段の上にあるもの。
阿の狛さん。

吽の狛さん。

こんなに可愛いのに,年代を見てくるのを忘れた。
拝殿の額に「田尻神社」。

拝殿の屋根を横から。こういう造形が好き。

本殿。

「由緒記」

書き写しておく。適宜改行した。
由緒記
当田尻神社はその昔田尻山の麓相生の磯に着岸した日本惣社牛頭天王津島神社の よし船をまつる社である
その濫觴を尋ぬるに元文二年秋七月ある夜一隻の よし船がはるばる波間にただよいこの相生の磯に着いた
しかし夜中のこととて誰一人氣つく者とてはなかつたが夜明けとともに海辺に輝いて見えるようになると里人達は 神徳宏大んして徳沢ここに及ぶしるしであろうとたいへん欣喜渇仰して 若宮神社のほとりに仮殿をしつらえて よし船を安置し田尻神社と称えこれをあがめまつつた
翌元文三年七月蕭祠を建て同じ月□[※判読できず]五日から二週間のあいだ開扉大祭を行つた 里人たちはみな廣前に参進してこれを拜し除災招福を祈つた
今から 丁度二百二十五年前のことである
蓋し よし船の縁由は津島神社の祭事から出たことで青い茎のよしを八百萬神といわいまつり八束にたばね神木を中に覆つて船形をつくりこれを御旅所として毎年六月の祭礼に津島河に流し波のまにまに所々を巡航して 重陽の佳節に還與するのがならわしであつた
相生の磯についた よし船はそのよし船が海路はるばる漂いついたのである
神様がお着きになつたと 若宮の神職武内左ヱ門五郎藤原正久 役人本多吟右ヱ門等相談の上社の由緒記をつくり祭礼の節これを讀んで神徳を仰いだのがいつかこの社の祭ぶりとなり 今に続いている
かなり不安。言葉が難しい……。間違いとか読めてないとか,あるかも。
とにかく
・創祀は元文三年七月
・津島神社の祭礼のよし船漂着に由来する
(日本惣社とあるから愛知県津島市の津島神社だろう)
・この由緒記が書かれたのは創祀から255年後
元文三年は1738年。1738+255=1993年。津島神社の祭礼については,とりあえずWikipedia参照。ちゃんと調べないとよし船を流す次第とかは不明。ちょっと保留。
津島−蒲郡間は直線でも60キロはある。潮の流れなどの条件は判らんが,やっぱり珍しいことなんだろうなあ。
蒲郡市博物館によれば,ご祭神は素盞嗚尊。よし船の出所,津島神社の主祭神が牛頭天王→建速須佐之男命だからだろうな。本家も明治の神仏分離までは牛頭天王だったはず。田尻神社でも素盞嗚尊と言い出したのはその辺りからじゃないかな。
これが,表通りから階段上ったところの鳥居。

裏側だけど,ここに神社がありますよーというアピールにも見える。
北側,三谷小迫の交差点から見た田尻神社。この奥が三谷温泉。

若宮神社(写真左手)のほうにかけて,やっぱり石垣が綺麗だ。
三谷はまた行きたいと思う。何か楽しいのだ。歩いてるだけで。
・田尻神社
【住所】愛知県蒲郡市三谷町一舗91
【地図】いつもガイド
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