"庚申社"の検索結果
"庚申神社"の検索結果
豊田市の,この庚申社については出てこないわけだけど。
行ってみると,こんなふうに様々並んでいる。

庚申社自体のお社は右奥なんだが,まあ左から順に。
青面金剛様。

アップで。

このように憤怒形で手がいっぱいあって,

三猿が居たら,まず青面金剛(庚申様)。

庚申の日は,眠ると身体から三尸の虫が出て,天帝に日ごろの悪事を報告に行くそうな。なので寝ないでドンチャン騒ぎをする。60日に1回徹夜だぜ。たまらんよな。
先日,他所様のブログで“如意輪観音+三猿”という組み合わせを見た。三猿さえ居れば庚申様という,自分の中の安易な図式は,ここで壊れた。如意輪様は立て膝に柔和なお顔に頬杖だから,いくら自分がボケでもチガウと気付けるとは思うけど……。判断基準が変わる瞬間というのはスリリングである。
庚申様に三猿がくっついているのは,三尸の虫の告げ口に対抗して,見ナイデ聞カナイデ言ワナイデ!ってことなんだろうな。きっと。昔は庚申講(庚申の夜のドンチャン騒ぎ)が盛んだったようだけど,本気で怖がっていたのか騒ぎたいほうが大きかったのか(平安時代頃は本気が大きそうだが,江戸ともなるとどうなんだろう)。
青面金剛様の向かって右には庚申塔がズラっと。

最初からずらっとあったわけでは絶対にない。あちこちの道端などにあったのが,再開発で置いとけなくなって集められたんでしょう。見た瞬間,たくさんあって嬉しいと思うのと同時に,ヤラレタ感が駆け巡った。元々どこにあったのか,それが知りたいのに。
全部で6基あった。左から順に,1

2

3

4

5

6

「豊田市の石像文化財」を見ると,江戸時代のやつがあるようだ。こんなふうに書いてある。
所在地:渡刈町富士塚/所在特記:庚申社前/調査物名:庚申塔/像容・形態:自然石/記録年( )内は推定:(江戸〜明治)/寸法:119*476
同じく,記録年が(江戸)で,寸法が120*60というのも並んでいる。どうも寸法というのはセンチメートル表示らしい(どこにも凡例が無いのだ)。すると119*476の476は5メートル近くなるわけで,明らかに間違い。ヒトケタ間違えたと思われる。どちらにしろ,高さは119と120で子どもの身長くらいというと,上の写真の5番と6番がそれくらいあったかなあという記憶。
ついでに同じ本に,青面金剛童子として,上にあるのとまったく同じに見える写真が載っているのだが,所在地が“渡刈町申町”で“寿恵野小学校東”“申町と鴛鴨町半内の境”になっている。地図を見てもアザが入り組んでいてよく判らんが,庚申塔には“庚申社前”と注釈をつけて青面金剛には無いわけだから,こちらも近年移動された可能性が高い(この本は2002年製)。
これが多分庚申社。

屋根など見上げてみる。うんうん(何がだ)。

中にあるのが庚申様のお社でしょう。

ピンボケたけど。お祀りされている神様が,コウシン様と呼ばれているのか,よくある通りサルタヒコ様なのかはわからない。
手洗い場。

何故か丸い。写真の右奥に見えるとおり,背後は墓地。お社にも青面金剛様にも庚申塔にも,真新しい切花の供えられてあったのがよかった。
・庚申社
【住所】愛知県豊田市渡刈町富士塚付近
【地図】いつもガイド
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