ひねもすのたり宮
史料の覚え書と神社巡り記録。雑記。
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神明社
豊田市上郷町の神明社。

3月末に行ったのだが,この日の神社巡りは病人には酷であった。神明社は最後のほうでお参りしたので,かなりへろんへろん。しばらく境内で座り込んでしまった。

足を引き摺りながら橋を渡っていくと,こんな光景が。
神明社1(070328豊田市)

幟がはためいてると綺麗だろうね。

社号標には「神明社」。
神明社2(070328豊田市)


鳥居から社殿。参道はまっすぐ伸びているが
神明社3(070328豊田市)


社殿に対してはナナメ。このように。
神明社4(070328豊田市)


阿の狛さん。
神明社5(070328豊田市)


吽の狛さん。
神明社6(070328豊田市)

昭和六年九月奉納。

拝殿の額。こういう四角くないのもいいよね。
神明社7(070328豊田市)

左下,大正十四年一月と読める。

拝殿の飾り彫りというか(名称がわからん)
神明社8(070328豊田市)


拝殿の側面。こちらも綺麗。
神明社9(070328豊田市)


右奥が本殿。
神明社10(070328豊田市)

千木は内削ぎ,鰹木は6本。

社殿に向かって右奥の境内社(入り覆い屋)。
神明社11(070328豊田市)


向かって左から,小さいのが三社?
神明社12(070328豊田市)


真ん中に大きいの。「正一位」が見えるから秋葉様?
神明社13(070328豊田市)


右にもう一社。
神明社14(070328豊田市)

素性は全然わからない。

社殿に向かって左の境内社?
神明社15(070328豊田市)


中には蝋燭が。ええと……(不明)。
神明社16(070328豊田市)


社殿に向かって左手前の社務所?
神明社17(070328豊田市)

よく見ると,左端の屋根の下に水盤が。右奥の戸袋の下辺りが,ちょっと休ませていただいた場所。足が痛くて。

何か咲いてた。
神明社18(070328豊田市)

境内に説明は無かったので,いつもの如く本から。

「豊田市史10」
地区:上郷町御所名残160/社名:神明社/祭神:大日孁貴命 猿田彦命/創建:不明/祭日:10月10日/由緒:上郷町上切(旧上野上村)の氏神 上野城主戸田氏の創建

「上郷町誌」
神明社 13級社(旧無格社)/鎮座地:豊田市大字上野字御所名残160番地/祭神:大日孁貴命,猿田彦命/例祭日:8月25日/由緒:創立年代は不詳,往古当地の船底山と称する所に戸田三条家の庶流戸田道配の古城があった。戸田氏はこの地に本神社を創建して氏神として奉斎したのがその後には当部落(旧称上村)の氏神として崇敬されている。
※ 元の本ではオオヒルメの孁の字が,[雨かんむりに要] に見える(悉く印刷がかすれていてよく見えないのだが)。

「碧海郡神社写真帖」
上郷村大字上野字御所名殘鎮座/無格社 神明社/御祭神:大日孁貴命 猿田彦命/例祭日:八月廿五日

ご祭神はオオヒルメ+サルタヒコ。この辺の人ってサルタヒコさん好きなのかなあ。例祭日が8/25から10/10になったのは何だろ。体育の日だし(今は違うが)休みだし,晴れの特異日だし?

創建は戸田氏によると書いてある。えーっと。戸田氏(困ったときのWikipediaだが信者ではないつもり。項によっては偏った思想や自説が入っとるで気をつけんとね)。

読んだけどピンと来ない。家康みたいに身近に感じられないというか。正親町三条家だの清和源氏だの,血筋は凄そうな感じ。追々勉強しようっと。

「上郷風土記」(以下,要約)
・東山国長親王が隣松寺に誅せられていた時,承和三年(836年)に高台に楼閣を築いた。名を観潮台,俗に上野御所と称した。秋の月が美しく見える場所で,都人もようけ来て,代々の領主も歌など残している。
・親王薨去で隣松寺草建(※ 詳細は隣松寺の記事参照)
・薨去後,観潮台は観潮山栄昌寺と名付けられた(天台宗。貴族がよく遊びに来たとのこと)
・仁和四年(888年),宇多天皇の勅により,隣松寺に七堂伽藍を造営。この際,栄昌寺の一部を移転。
・栄昌寺移転後,残されたのが船底神社,今の神明社である。
・今ある誓願寺は栄昌寺の属院であり,当時は清流院と称した。

一旦切る。東山親王て誰?という話を隣松寺の記事でしたけれども(未だに判らん。中央の記録と繋がらない),神明社の住所は上郷町御所名残,誓願寺の山号は御所山である。やんごとなきお方が居られたのは事実か。

移転時に残ったのが神社というところがよく判らないのだが,鎮守だったのかな。なんで残したんだろうとか。

「上郷風土記」続き(以下,要約)
・戸田宗光が応仁二年(1468年),京都がエライコト(応仁の乱のことかなあ)なので近江国→尾張海東郡戸田郷(海東郡は今の海部郡のあたり)→碧海郡上野庄まで来て清流院(誓願寺)に仮宿した。
・で,宗光は上野城を築城するわけだが,船底神社(神明社)が荒廃しているのでこれも修理改築した。
・城の完成後,城北,乾の守護として崇敬した。

戸田氏が建てたというのは,この後半の事跡からだろうと思う。しかし,荒廃しているにしろ,東山親王絡みで痕跡くらいはあったと。どっちを取るかで600年くらい違っちゃうね。

上郷コミュニティーセンター歴史探訪ページも参照。

地図を見ると,確かに上野城址(上郷護国神社のあるところ)の北北西にあるんだよね,この神明社。北や乾って特に守るべき方角なの?(そっちの勉強もしなきゃダメ?)

戸田一族の墓所が誓願寺にあるんだって。誓願寺,横を通ったんだけど,入り口にあった常夜燈だけ写真撮って帰ってきちゃった。そういえば石仏も何体かあった気がするので,また行って来ようと思う。

・神明社
【住所】愛知県豊田市上郷町御所名残160
【地図】いつもガイド
■関連■
 ★訪問神社リスト【豊田市・上郷地区】

テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術

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